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ピックアップ 2023.11.01

【報告】第94回 日本獣医史学会研究発表会

日時:2023年10月21日(土) 13:30〜17:30
場所:日本獣医生命科学大学 B棟 B-316 講義室(Zoom併用)

場内の様子
第94回日本獣医史学会研究発表会ご参加の皆様

代表の冨永が評議員を務める日本獣医史学会の研究発表会が開催されました。学会では、春と秋に研究発表会を開催されています。「獣医史学」は、獣医学学部教育の必修科目である「獣医学概論」の教科書にも章があり、全ての獣医学部生が学んでいます。これに留まらず、学会では、獣医学の係る社会事象についても積極的に記録を残し、未来の課題解決へ活用されるよう、研究に取り組まれています。

Knotsアドバイザリーボードメンバーであられる中山裕之先生は、同学会の理事であられ、今回、2年半をかけたご研究の成果『日本における動物病理解剖症例の変遷―明治から令和における動物の病気の移り変わりー』を発表されました。この成果は、The Journal of Veterinary Medical Science (オンライン版:第85巻第1号 2023年1月)及び東京大学のウェブサイトに掲載されています。

東京大学ウェブサイト
https://www.a.u-tokyo.ac.jp/topics/topics_20230105-1.html

The Journal of Veterinary Medical Science (オンライン版:第85巻第1号 2023年1月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jvms/85/1/85_22-0456/_article

革表紙の分厚いノート

明治から令和にかけての動物病理解剖症例の変遷を明らかにするため、東京大学獣医病理学研究室に明治時代後期の1902年から蓄積されている動物病理解剖記録を解析されました。「1900年代からの動物病理解剖記録の解析は、日本はもとより海外でも存在しないことから、この研究の成果は非常に貴重かつ重要」「各時代の社会背景や日本の獣医学の歴史を知る上で非常に貴重な研究成果」と高く評価されています。

1903〜1914年(明治・大正期):572症例、1956〜1969年(昭和期):1258症例、2006〜2020年(平成・令和期):1307症例について、動物種、品種、年齢、病理診断名を調査されています。写真のように記録は、革の表紙の分厚いノートに手書きで残されており、特に明治・大正期は、専門用語もカタカナではなく漢字のものもあり、現在では違った言い方や名称になっているなど、ご苦労もお話し下さいました(平成・令和期は、電子化されています)。

明治・大正期は、主として犬と馬。犬の種類もセッターやポインターなどの猟犬で、軍部からの依頼の馬と貴族階級の犬がほとんどです。猫は、わずか3例とのことでした。病理診断は、狂犬病などのウイルス感染症、寄生虫症の症例が多かったようです。

昭和期は、馬がグッと減り。犬が増え、猫(日本猫84%)が登場します。犬種には、懐かしのスピッツとコリーを始め、様々な犬種が登場します。

平成・令和期は、最も多い犬種がダックスフンドとなり、飼育犬種の変遷にも気付かされます。猫の割合も26.1%となり、猫種も様々です。何より、その他が2割を超え、所謂エキゾチックアニマルの数と種類の増加にも驚かされました。

病理解剖年齢の中央値は、明治・大正期2歳(犬のみ)、昭和期(犬3歳・猫2歳)、平成・令和期(どちらも10歳)となっています。明治・大正期、昭和期に多かった感染症例は、平成・令和期には大幅に減少、寄生虫に罹患していない犬や猫の割合は、約98%になっています。動物の飼育環境の改善、駆虫薬・ワクチンの普及により寿命が大幅に延びたとの考察には、飼い主さんの努力も感じられて、少し嬉しくなりました。

 

代わりに増加している症例は、腫瘍です。その他、気になったのは、犬猫とも消化器疾患が減り、神経性疾患が増え、猫では、乳腺腫瘍が減り、リンパ腫/白血病が増えていることです。これは、診断できるようになったことと治療法の進化によるものとのことです。少し先の未来にデータを解析すれば、また見えてくるものがあるのかもしれません。

積み上げられたデータを整理し解析することで、多くのことが理解されるようになり、今後へとつながるというご研究から、本学会の意義を改めて体感させていただきました。何より、先人の方々が、仕事を繋ぎ、成果を積み上げてこられて初めて、このようなご研究が可能になるということも忘れてはならないと思います。

【研究発表会プログラム】(敬称略)

・理事長ご挨拶

理事長挨拶・小野寺 節先生

1.「レギュラトリーサイエンスの試験研究拠点としての国立医薬品食品衛生研究所」

国立医薬品食品衛生研究所 窪崎 敦隆 <座長:小野寺 節>

窪崎 敦隆先生

厚生労働省所管の国立試験研究機関の一つである国立衛研。その歴史とレギュラトリーサイエンス(科学技術の進歩を真に人と社会に役立つ最も望ましい姿に調整(レギュレート)するための予測・評価・判断の科学)の概念のもと行われている業務について解説。

2.「日本における猫の歴史 ―近代・現代―」

赤坂動物病院院長 柴内 晶子 <座長:佐々木 典廉>

柴内 晶子先生

柴内先生ご発表の様子

前回の古代・中世・近世に続く報告。明治期は牛馬の方が身近で、頼山陽の書籍では、「犬は忠義だが、猫は媚びへつらいが上手い」とあるなど、猫の評判は芳しくない。1900年の始めに香港でペストが流行し、神戸で発生があったことを受け、北里柴三郎、コッホ博士により猫の飼育が推奨されるが、殺鼠剤の登場で猫の役割は小さくなる。1902年には、日本初の愛護団体「動物虐待防止会」が設立されているが、「動物愛護や福祉」という考え方は一般的ではなく、16世紀後半から戦後まで続いた三味線の皮のための捕獲、戦時下の供出(主に北海道)、地域によっては食の対象と現在とは随分違う環境下にあった。一方で、養蚕のネズミ対策として飼育していた地域の中には、その用がなくなっても労働の為の住居移動の際も猫を伴うなど、大きな地域差・個人差が見られる。高度成長期には、飼育者が増えたペットの鳥を猫に盗られる、屋外での糞尿問題、猫の交通事故死の増加と都市化と人口増加の影響を大きく受けるようになる。「水俣病」が公害病であることも、猫によって証明されている。

1980年代が大きな転換点で、「なめ猫」「ドラえもん」「Cats」「What’s Michel?」「子猫物語」と猫のキャラクター化も進む。高齢者の心身健全の維持に効果的であると認められ、厚生労働省の認可を受けて設立された、現:(公社)日本動物病院協会によりCAPP活動も始まる。現在は適性のある猫も参加している。この頃から、猫の不妊去勢手術実施件数が増える。1995年の阪神・淡路大震災後、動物の救助・同行避難の検討が進み、2018年「ペットの災害対策ガイドライン」が作成される。2000年には「ちよだニャンとなる会」も設立され、「外の猫を家庭に」の流れが定着していく。全国の猫の平均寿命は、1980年頃の約4倍になり、今や、社会の一員として、大切な家族として人の心身を支える存在である。

3.「日本における動物病理解剖症例の変遷―明治から令和における動物の病気の移り変わりー」

動物医療センターPeco 中山 裕之 <座長:小野寺 節>

中山 裕之先生

中山先生ご発表の様子

4.「桑嶋流・鍼灸伝書と『良薬馬寮弁解』・・・桑嶋流鍼灸技術の伝承と公開・・・」

伊藤 一美 <座長:小佐々 学>

伊藤 一美先生

秘伝灸経

人への「針灸」治療については、よく知られているが、馬療治の医術のうち桑嶋流「針灸」術についての研究。会津若松・米沢地域を舞台に、橋本道蝸と二人の息子道派と桑嶋宗重が、大名伊達政宗と上杉景勝との関わりの中で、中国の本を学び、「秘伝灸経」「針灸之口伝書」をまとめ、江戸期に一般化する馬療治書『良薬馬療弁解』へと継承される。新資料の「秘伝灸経」を始め、膨大な古文書を読み込み、内容の比較も為されている。馬が如何に貴重であったかも窺い知れる。

 <書籍紹介>

『青森県立畜産学校の明治 「富国強兵」は馬産地・三本木村に何をもたらしたか』
堀内 孝


 

『真田家の鷹狩り 鷹術の宗家、祢津家の血脈』
長野県立大学 二本松 泰子