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2014.10.01

シンポジウム Ⅷ 「畜産Now! -食の安全と動物福祉」

主催:公益社団法人日本獣医学会
会場:北野

趣旨:農場動物飼育において食の安全の達成が求められて久しいが、今、動物福祉を考慮せねばならない状況が迫っている。本シンポジウムでは、食の安全と動物福祉はトレードオフなのか、相乗効果なのか、我が国の農場動物飼育はこれにどう対処するのかについて議論したい。

座長メッセージ
関崎 勉氏

東京大学大学院農学生命科学研究科附属食の安全研究センター センター長

プロフィール


大澤 朗氏

神戸大学大学院農学研究科附属食の安全・安心科学センター センター長

プロフィール

 
欧州を中心として動物福祉に基づいた家畜飼育法が提唱され、国際獣疫事務局(OIE)も、動物の健康が重要な動物福祉の要素であるとの見地から、動物福祉規約を順次公表しており、この動きがアジアの途上国を含めて世界中にも広がっている。しかし、我が国はこれら世界の動向に対して未だ十分に対応しているとは言い難い状況である。一方、農場動物飼育における食の安全については、多くの情報が提供されて安全達成のための管理技術の改革が進められている。近年までの日本における畜産物生産現場では、食の安全を達成するための飼育環境やと畜場での処理における改善や衛生管理については、動物が受ける苦痛や不満についてはあまり考慮されてこなかったように思われる。「いずれ我々に食べられてしまうのだから配慮は不要…」と大声で言えない考えの反動か、むしろ、その逃げ道になる言い訳を提供してしまったのか、食の安全という大義名分のために、動物福祉の考えは忘れ去られていた面もある。実際、食の安全と動物福祉は、相反するもので互いに受け入れ難い考えであると、正面切って論調する人もいるほどである。しかし、一方では、動物福祉の考えに沿った農場動物飼育は、飼育環境の衛生改善や動物の健康を増進することにも繋がり、食の安全の達成にとって有用であるという考えもある。さらに、貿易の自由化が進むにつれて、世界標準に合わせた飼育環境を整えないと、それが輸出障壁にもなりかねず、今こそここで、食の安全と動物福祉について深く議論する必要がある。そこで、本シンポジウムでは、農場動物飼育やと畜場に携わる方々から動物福祉の観点に立った現状について情報提供して戴くとともに、食の安全と動物福祉はトレードオフなのか、相乗効果なのか、先進諸国と称される我が国がこの問題にどう対処するのかについて議論したい。
動物福祉に関するOIE基準 —食の安全への貢献
石橋 朋子氏

OIEアジア太平洋地域事務所 副代表代/獣医

プロフィール

OIEは1924年に設立された国際政府間機関であり、加盟国は180に上る。加盟国から託されているその使命には疾病情報の収集と提供、疾病予防と制御及び安全な貿易のための国際基準の策定などがある。

動物福祉は畜産における食の安全とともに、2001年-2005年OIE戦略計画の優先事項の一つとして取り上げられた。加盟国はOIEに対し、動物福祉の実践に関する提言や指針を作成し、国際的に主導することを求めたのである。 動物福祉作業部会が2002年に設立され、2005年以降、陸生動物衛生基準の一部として、輸送にかかる基準に始まり、屠畜にかかる基準など9つの国際基準が採択されてきた。

2012年には生産における動物福祉基準として、肉用牛生産システムにおける動物福祉基準が採択された。翌年には肉用鶏生産システムにおける基準も採択されている。 なお、OIEの基準では、システム設計の詳細ではなく、動物の反応を判断目安としていることに留意されたい。

さらに、酪農生産システムにおける動物福祉基準の作成が計画され、専門家による草案に対し、加盟国の意見が寄せられている。草案は搾乳牛と育成牛を対象とし、1)定義、 2)範囲、3)酪農生産システム、4)結果に基づく判断基準の説明、5)良好な動物福祉、 そして 6)乳牛生産における環境と管理、バイオセキュリティと動物衛生についての基準、が述べられている。本年総会での採択も期待されたが、さらに議論を継続することとなっている。

動物福祉が動物由来食品の安全性に関連しているか否かとの議論に鑑み、2010年に両者の関連を科学的に検証する文献調査が提案され、動物福祉作業部会と畜産における食の安全作業部会が共同で調査条件を作成し、専門家が作業を託された。その報告によれば、「文献上、間接的ながら、動物福祉を向上させる行いは食の安全をも向上させるとの強い証拠は見られるが、“福祉が安全に影響する”、“食の安全が福祉に影響する”のどちらについても、因果関係を直接示す証拠はほぼ存在しない」との結果であった。両者の関係についてのさらなる研究は、将来的な課題とされている。

養牛と動物福祉
佐藤 衆介氏

東北大学大学院農学研究科 教授

プロフィール

我が国のウシの飼養管理にかかわる動物福祉問題を、国際的な共通認識である「5つの自由」という視座から検討する。

摂食に関わる問題:黒毛和種肥育牛の日増体重は最近39年間で1.2倍、乳牛の年間乳量は52年間で2.0倍となっている。それに対して穀物飼料が給与されるが、それは第一胃内で急激に発酵し、酸性化を強める。その結果、反芻は抑制され、第一胃内のグラム陰性菌はエンドトキシンを分泌し、それは各所で病態を起こす。

物理環境にかかわる問題:ウシは発汗機能が弱いこと、および高生産への選抜に伴う熱的中性域上限温度の低下は暑熱問題を起こしている。体格の大型化に伴い、ストール等の狭小性が生じ、施設への打撲による怪我、乳房炎、乳頭損傷の原因となっている。コンクリート床は、蹄を過度に不均衡に磨耗することから、蹄皮膚炎、真皮の損傷等を誘発し、蹄の糞尿等による膨潤化は、蹄球糜爛、蹄皮膚炎、蹄底潰瘍を誘発する。

苦痛、疾病、損傷に関わる問題:ウシでは除角、去勢という侵害性措置を行う。ウシと畜の85.5%は何らかの廃棄を受け、その内、内臓の炎症が59%である。死廃原因として、乳用牛等では運動器病、循環器病、消化器病が多い。肉用牛等では外傷・不慮、消化器病、呼吸器病、循環器病が多い。

正常行動発現に関わる問題:摂食行動は、内的に最も強く動機づけられている行動であり、適切な発現が必要である。濃厚飼料多給による摂食時間の短縮は、睡眠行動を減少させる。

恐怖にかかわる問題:ヒトは潜在的な恐怖源である。ウシの感受期である、生後数日、離乳期、そして分娩直後短時間を利用した、優しい扱い(優しく声をかける、軽く叩く、撫でる、掻く、背・肢・腹に手を置く、など)や給餌は、その後のウシの恐怖反応性を大きく緩和する。負の関係は、乳牛の泌乳量の低下をもたらす。

農場での養豚福祉
纐纈 雄三氏

明治大学農学部 教授

プロフィール

本講演では、EUと米国と日本の養豚生産、養豚福祉問題と農場での福祉実践について述べる。なお世界一の豚生産国は中国であり、EUは2位、米国は3位、日本は8位である。

養豚福祉の争点のひとつに、妊娠期における個別ストール飼養がある。ストールは、個々の豚に適切な栄養量を給与し、母豚間の攻撃行動を防ぐため、養豚の主要国で長年にわたって広く使用されてきている。養豚福祉を強く推し進めている力は、動物権利の活動家達と消費者団体である。

2013年、EU主要国で動物福祉法が施行された。EU生産者は4オプションがある。どのオプションも、様々なデメリットがある。母豚間の攻撃行動、力関係による栄養の過不足、生産コストと必要面積の増大が、EU生産者には問題である。

法規制主導のEUに反して、米国生産者は、母豚間の攻撃行動を防ぎ、必要栄養量を確実に給与するための、科学ベースでかつ農場での教育プログラムを模索してきた。生産者からの寄付で運営されている米国養豚協議会(NPB)はPork Quality Assurance Plus (PQA Plus)を始めた。このプログラムは、養豚福祉と農場での食の安全を連続的に改善するためのもので、「10のよい生産実践」からなっている。現在、約80%の豚が、このプログラムに参加している農場から出荷されている。さらに「よい農場文化の形成」のために、倫理的原則が大切とされている。

日本は、家族経営の農場が多く、母豚死亡率は低く、生産者の豚飼育技術レベルは高い。豚飼育の倫理的原則も常識としてよく実践されている。が、ほとんどが小規模農場のため、国際コスト競争にさらされ存亡の危機にある。福祉のために、農場での衛生レベル向上、健康保持を大切としている。結論として、文化や生産システムの多様性から、養豚福祉の実践は国によって違う。

以下研究室のホームページです。
http://www.isc.meiji.ac.jp/~animals/Vision.html