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2014.10.01

シンポジウム Ⅰ「身近に存在する人と動物の共通感染症」

 

日時:2014年7月19日(土)13:30~16:30
会場:和楽
主催:人と動物の共通感染症研究会

趣旨:現在、私たちの周囲では、犬、猫以外にも、小鳥やカメ、ヘビ、トカゲなどのハ虫類、カエル、イモリなどの両生類、熱帯魚等さまざまな動物がペットとして飼育されています。今回のシンポジウム「身近に存在する人と動物の感染症」では、1.人と動物の共通感染症の最近の動向、2.狂犬病、3.サルモネラ症、4.皮膚糸状菌症、5.エキノコックス症、6.感染症対策について、それぞれご専門の先生にご講演いただきます。身近な人と動物の共通感染症について正しい認識を持っていただき、ペットと楽しく、快適に生活するための一助になれば幸いです。

座長メッセージ
丸山 総一氏

日本大学生物資源科学部 教授

プロフィール

現代社会においてコンパニオンアニマルとして飼育されるようになった動物は、人と濃密に接触する機会が増えています。ペットの動物とキスをしたり口移しにエサを与えている人、一緒に寝ている人も多くみられます。また、動物は無意識あるいは反射的に人を咬んだり引っ掻いてしまうことがよくあるため、飼い主は、それらの傷から動物が保有している病原体に感染しまうことがあります。したがって、私たちがペットと楽しく、また、快適に生活していくためには、その生態や習性、ペット自身の病気はもちろんのこと、「人と動物の共通感染症」に対しても正しい認識を持つことが重要です。

現在、人に感染する病原体1,709種の約半数が、また、新興感染症156種のうち73%が人と動物の共通感染症であるともいわれています。そのうち、わが国のペット等の小動物から感染する可能性のある人と動物の共通感染症は、約40種程度と考えられています。病原体は、ウイルス、リケッチア、クラミジア、細菌、寄生虫、真菌(カビの仲間)などで、本来は動物を含む自然環境下で循環して生存しています。人はたまたまそのサイクルに入り込んだときに、消化器、呼吸器、皮膚、粘膜(目)などを介して感染します。これらの病原体の中には、病原性の極めて強いものも含まれます、が、感染した人の健康状態あるいは免疫状態によっては、それほど病原性の強い病原体でなくとも重篤な症状を示す場合もあります。また、赤痢菌や結核菌のように本来、人を病原巣とする病原体では、動物は被害者として感染し、その感染した動物がまた人に対して加害者となる場合もあります。さらに、病原体を保有している動物自体が無症状の場合も少なくありません。

私たちが現代社会においてペットと楽しく健全に生活していくためには、身近に存在する人と動物の共通感染症を正しく認識し、その発生を未然に防止することが重要です。本シンポジウムでは、身近なペットから感染する可能性のある人と動物の共通感染症について、最近の動向、ウイルスが原因の狂犬病、細菌が原因のサルモネラ症、真菌が原因の皮膚糸状菌症、寄生虫が原因のエキノコックス症、最後にこれらの感染症の対策についてそれぞれの専門家の先生に概説していただきます。

人と動物の共通感染症の最近の動向
新井 智氏

国立感染症研究所 感染症疫学センター 主任研究官

プロフィール

2003年に発生したSevere Acute Respiratory Syndrome (SARS)コロナウイルスによる集団発生、2009年に出現したパンデミックインフルエンザウイルス、2013年には台湾で50数年ぶりに狂犬病の報告がなされた。近年報告された重大な公衆衛生上の問題は、その多くがヒトと動物の共通感染症である。

日本では、感染症の発生動向を把握する目的で患者サーベイランスが実施されている。この感染症発生動向調査による患者報告状況の推移や食中毒事例の発生状況把握で行われている食中毒統計によると、日本のヒトと動物共通感染症の主な事例は腸管出血性大腸菌やサルモネラ菌感染症の様に主に食品由来感染症によるところが大きい。これらの感染症は、ヒトと動物の共通感染症の側面も有しているものの、食中毒原因菌としての側面が強く表れている感染症である。一方、つつがむし病や日本紅班熱などツツガムシやダニによる疾患や日本脳炎のような蚊によって媒介される節足動物媒介性感染症もヒトと動物の共通感染症の一つである。これらの疾患は、その感染メカニズムから、節足動物の吸血によって媒介される感染症であり、毎年必ず日本のどこかで患者が発生している。

また、近年、2006年に報告されたヒトの狂犬病の症例や、デングウイルス感染症の患者報告の様に海外で感染し、その後国内で発症する事例も報告されるようになっている。日本は島国の好立地のため、強力な動物検疫の実施や飼育犬の狂犬病ワクチンの接種、登録などの実施により狂犬病の海外からの流入も防がれてきた。しかし、近隣諸国の状況は、日本は常に多くの感染症の流入するリスクがあることを示している。そこで、現在の日本におけるヒトと動物の共通感染症の発生状況を近年の特徴を踏まえ紹介したい。

ウイルス:狂犬病(犬)
井上 智氏

国立感染症研究所獣医科学部 第二室(感染制御研究室)室長

プロフィール

狂犬病はいまも世界中で発生が報告されている。毎年、7万人以上の人が狂犬病に罹患した犬等動物に咬まれて数か月後に発症(=死亡)しています。幸いに、日本では1958 年以降、国内での感染による狂犬病の発生は人にも動物にも認められていませんが、海外で狂犬病の犬に咬まれた際に適切な暴露後のワクチン接種を行えず帰国後に狂犬病を発症して死亡した3名の輸入狂犬病が報告されています(http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/325/tpc325-j.html)。現在、狂犬病予防法(1950年、厚生労働省)、感染症法(1998年、厚生労働省)、家畜伝染病予防法(1951年、農林水産省)に基づいた国・地方自治体、医師・獣医師等による人と犬等動物に対する狂犬病の予防対策が粛々と行われています。長らく狂犬病が発生していないため国民の狂犬病に対する危機意識の低下が懸念されていましたが、2006年に京都と横浜で発生した人の輸入狂犬病によって狂犬病の脅威が知られるところになりました。また、対岸に対する危機感の高まりを受けて関係者による狂犬病の発生を想定した対策強化と正確な情報提供等による国民の啓発が促進されました。公衆衛生対応として、時代に応じた国の危機管理プラン(狂犬病対応ガイドライン2001および2013)の更新と、各自治体における発生を想定した対応マニュアルの準備や訓練が行われています。しかしながら、公衆衛生における動物由来感染症対策は人に並行して人の感染源となりうる犬等動物の対策が鍵となります。この意味で、適正なペット動物等の飼育や飼育犬の登録等は国民の協力なしには成し得ません。本シンポジウムでは、世界(特に近隣アジア地域)における狂犬病の最新の話題をご紹介することによって、日本が狂犬病の無い国であり続けるために必要な取り組みを市民の方々と共有したいと思います。
細菌:サルモネラ症(は虫類)
林谷 秀樹氏

東京農工大学大学院 准教授

プロフィール

サルモネラは代表的な食中毒ならびに人獣共通感染症の原因細菌であり、感染すると腹痛、下痢、発熱などの急性胃腸炎症状を呈し、重症化すると死に至ることが報告されている。サルモネラは哺乳類,鳥類,爬虫類、両生類ならびに環境などに広く分布していることが知られており、従来はイヌやネコなどのペットからの感染例が多かったが、近年、ペットとして爬虫類の人気が高まり、飼育数が増加するに伴い、これら爬虫類に起因する人のサルモネラ症の発生が国内外で報告されるようになってきた。2005年ならびに2013年には、厚生労働省からペットの爬虫類からのサルモネラ感染に対する注意喚起がだされている。我々のこれまでの調査で、ヘビ、カメ、トカゲなどの爬虫類はサルモネラをもともと常在菌として腸管内に高率に保菌していることが明らかになっており、また、爬虫類間では母から子へ垂直感染によりサルモネラが伝播し、維持されていると推測されている。爬虫類からのサルモネラの適切な除菌法は確立していない。したがって、感受性の幼児や高齢者は爬虫類との接触を避けたり,爬虫類を取り扱った後は手洗いやうがいを心掛けるなど、爬虫類の飼育・取り扱いには細心の注意を払うことが必要である。本講演では、サルモネラと爬虫類の関係について、これまでの研究結果を紹介するとともに、爬虫類と人とのあるべき関係を考えたい。
真菌:「人と動物に共通した皮膚病を起こす真菌症」
佐野 文子氏

琉球大学農学部 教授

プロフィール

動物と人の間で接触感染によって発症する皮膚糸状菌症はよく知られている。原因菌の代表菌種として動物側から人に感染するMicrosporum canisTrichophyton mentagrophytesがあげられる。これらの菌種は動物では症状を示さず、保菌状態にある個体から感染することがある。皮膚糸状菌症は本来の宿主では軽症であることが多いが、他の動物種に感染すると激しい症状となる。特にM. canisではケルスス禿瘡に発展することもある。また、都市型野生動物のドブネズミは人のミズムシやタムシ、エキゾチックペットのタムシの原因となるT. mentagrophytesを保有している。一方、ミズムシを発症した人から動物に感染させてしまう菌種としてT. rubrumが知られており、人が動物の感染源となることを忘れてはならない。
皮膚糸状菌症関連菌種としてChrysosporium sp.による鳥類の脱羽や、Arthrographis karlaeによる猫の難治性皮膚炎などを経験している。これらの菌種は免疫不全患者で全身感染にいたることがあるので飼育管理には他の皮膚糸状菌症よりも注意を要する。
皮膚病を起こす真菌症として、高度病原性真菌 Histoplasma capsulatumを原因菌とするヒストプラスマ症を忘れてはならない。高度病原性の病原体は健常人でも死に至らしめることがある。従来、ヒストプラスマ症は、輸入真菌症として扱われていたが、国内感染症例が人だけでなく犬や猫でも報告されている。我が国で皮膚病を呈するヒストプラスマ症の原因菌は家畜伝染病予防法における馬の届出伝染病「仮性皮疽」と同じ遺伝子型である。よって接触感染が否定できないだけでなく、重症例では全身感染にいたることも知られている。戦前は3万頭以上の馬の仮性皮疽が確認されていることから、かつて馬を飼育していた地域は流行地域として認識すべきである。
寄生虫:エキノコックス症(犬、キツネ)
奥 祐三郎氏

鳥取大学 農学部共同獣医学科 寄生虫病学研究室 教授

プロフィール

Echinococcus 属は肉食獣が終宿主(成虫寄生)、草食獣や齧歯類などが中間宿主(幼虫寄生)となる条虫である。国内で問題となる種は主に多包条虫Echinococcus multilocularisで、さらに輸入牛から単包条虫 Echinococcus granulosusの幼虫も時折見つかる。両種とも人獣共通寄生虫症を引き起こす。

単包条虫は犬と羊・牛間で伝播し、19世紀には日本国内でも患者が発生していたが、現在我が国では、輸入牛からの検出のみで、流行していないと考えられる。

一方、多包条虫は終宿主のキツネや犬と中間宿主の野ネズミ間で活発に伝播し、人、サル類(動物園)、豚なども偶発的に感染している。国内では北海道に限局していると考えられているが、全道的にキツネの感染率は40%近くに達し、人でも毎年20名程度の患者が見つかっている。人の内臓で幼虫が無制限に増殖し続けるため、適切な治療を行わないと、致死的な経過をたどる。キツネはその感染率の高さから主たる終宿主と考えられるが、犬(感染率は1%以下)も好適な宿主であり、人の近くで生活し、かつ多数の虫卵を糞便と共に排泄する事から、人の感染源として重要であると予想される。犬は成虫に感染し,虫卵を大量に排泄していても、症状を示さないため、感染の有無を知るためには検査する必要が有る。この診断法は確立され、その後の届け出制も法律で定められているが、受診する犬の頭数が極めて少ない。近年、いくつかの町村で、住民が駆虫薬入りの餌を早春から晩秋までの間、定期的に散布することにより、キツネからエキノコックスを駆虫し、これらの地域の虫卵汚染を抑えることに成功している。しかし、一般の道民の本症に対する関心は薄く、本症の血清診断に受診する人も年々減少している。

わが国の動物由来感染症対策について
福島 和子氏

厚生労働省健康局結核感染症課 課長補佐

プロフィール

昨年2013年は、動物由来感染症(動物からヒトにうつる病気)に関連する大きな出来事が続きました。まず1月に、これまで国内で報告されたことがなかった重症熱性血小板減少症候群(SFTS)という、野外に生息するマダニによって媒介される病気の患者さんが初めて確認されました。また、3月以降、中国では鳥インフルエンザH7N9の患者が発生していますが、これは生鳥市場(生きた鳥を扱う市場)の家禽が感染源ではないかと考えられています。このほか、アラビア半島諸国を中心に患者の報告が続いている中東呼吸器症候群(MERS)については、本稿の執筆時点では未だ感染源は不明ですが、ヒトコブラクダの関連が疑われています。さらに昨年7月には、日本同様、50年以上にわたり狂犬病清浄国とされてきた台湾において、野生動物(イタチアナグマ)の狂犬病が発生しました。上記のような、今まで知られていなかった未知の感染症(新興感染症)や過去のものだと思われていたけれど再び勢いを取り戻した感染症(再興感染症)以外にも、身近なペットなどから感染し、日常的な問題となっている動物由来感染症も数多く存在します。これらの病気への感染を防ぐためには、(1)口移しでエサを与えるなど、動物との過剰な触れ合いを控える、(2)動物にさわったら必ず手を洗う、(3)野生動物の家庭での飼育や野外での接触は避ける等、ごくごく基本的なルールを守ることが非常に大切になってきます。厚生労働省では、ポスターやリーフレット、ハンドブックなどの制作・配布を通じて、国民の皆様に動物由来感染症に関する知識を深めていただくよう努めるとともに、様々な角度から動物由来感染症対策に取り組んでおりますので、本シンポジウムでは、その内容についてご紹介したいと思います。