ワークショップⅨ 「犬との共生」

主催者挨拶/座長メッセージ

「第2回神戸アニマルケア国際会議2012」
永村武美 社団法人 ジャパンケネルクラブ 理事長

  社団法人ジャパンケネルクラブは、犬質の向上、犬の飼育の拡大・定着及び動物愛護精神の高揚を目的に設立された社団法人であり、この目的を達成するため、純粋犬種の血統登録や展覧会・競技会等を実施する国内最大の愛犬家組織であります。また、FCI(国際畜犬連盟)の加盟団体で、犬を通じた国際交流と連携にも力を注いでおります。FCIが公認している342犬種の繁殖指針とするために犬種標準(スタンダード)が定められており、これに基づいた犬の繁殖評価をする場として、展覧会や競技会を全国各地で開催しております。
 昨今、一部の犬種のスタンダードが動物虐待として批判を浴びており、その再検証が必要であると考えられています。即ち、犬種の改良と繁殖のプロフェッショナルというべき会員を多く抱える当団体としては、健全で優良な犬を全国の愛犬家に供給する責務があるからであります。
 今回、人と犬の共生のあり方をテーマとして行われるワークショップを私共が主催させていただくことは、誠に時宜を得たものであると考えております。
 スピーカーとしては、内山先生、林先生及び村田先生、石山様という各分野の第一人者をお招きをしております。全国の多くの愛犬家のご参加を心からお待ち申し上げて、私の御挨拶と致します。

ワークショップ構成者挨拶
犬との共生
太田光明/麻布大学介在動物学研究室 教授

犬の祖先オオカミと“人類”との付き合いは、30万年以上も前からと考えられています。いわゆる旧人、ネアンデルタール人の時代です。現代の人類の祖先クロマニヨン人の誕生より前から、“人類”は犬の祖先と何らかの関係を築いていたことになります。そして、進化を続け、今から15,000年ほど前に“犬の誕生”に至ったのです。オオカミの時代から、狩猟を手伝い、そして人を守ってきたものと思われます。その進化のプロセスを単純に考えれば、今日のコンパニオンアニマル“家族の一員”としての一つのゴールは自明の理かもしれません。
一方で、人々は、犬との新たな共生を真面目に考え始めました。例えば、「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護法)の改正の歴史は、その好例です。1973年の「動物の保護及び管理に関する法律」(動管法)では、動物は“モノ”でした。しかし、1999年の改正法(名称は「動管法」を「動物愛護法」に変更)では、“動物が命あるものであることにかんがみ、何人も、動物をみだりに殺し、傷つけ、又は苦しめることのないようにするのみでなく、人と動物の共生に配慮しつつ、その習性を考慮して適正に取り扱うようにしなければならない”と謳っている。これは、明らかに“欧米並み”である。しかし、まだ足りないところがある。
イギリスでは、“犬を飼うとき、必ず家族でDogs School に通う”、欧米諸国では、“犬はアニマルアシステッドセラピーに頻繁に用いられる”、そして“犬の母子分離は、生後8週を経てからである”。なぜ、わが国では、そうならないのでしょうか?ひょっとしたら、日本は真の“島国”かもしれません。
このワークショップでは、“何が足りないのか”を考え、真の文明国家に相応しい“犬との共生”を構築する第一歩としたい。

人の健康と動物たち
内山秀彦/東京農業大学農学部バイオセラピー学科 助教
ヒトと動物の関係学会 理事

1970年代後半から、欧米諸国では、動物介在活動・療法(AAA/AAT)に関わるさまざまな研究が展開された。なかでも、FRIEDMANNら(1980)は、心疾患で入院した患者の生存率に関して、ペットの飼い主の方が、飼い主でない人よりも退院1年後の生存率が高いことを報告した。これは同時に、ペットとの生活はストレスの軽減に明らかに良いことを示したものである(ANDERSON et al. 1992)。また、Lynette A. HART(1997)は、高齢者には、社交の促進、アイデンティティの確立、ストレスの軽減、そして動機づけをもたらすことから、ペット飼育を勧めている。また、イヌを飼うことによって、病院への通院回数が明らかに減少したとの画期的な報告もある(SIEGEL 1990)。これはストレスの多い生活をおくるイヌを飼っていない老人(70歳以上)と同様な状況のイヌを飼っている老人を比べたとき、1年間に病院に通う回数が明らかに違うことを示したもので、アメリカの権威ある研究機関National Institute of Healthもその効果を公式に認めている。
このように動物がもたらす人の健康への良い効果は、ウマでは、“障害者乗馬”として1950年代より広く知られている。2010年7月、ストックホルムで開催された「人と動物の関係に関する国際会議」(IAHAIO Conference)での報告で、ドイツでは約17%の病院で、一般診療としてAATを行っているとのことであった。さらに90%以上の医療従事者がAATの効果を認めていた。わが国との差は歴然である。
わが国でAATが普及しない理由は何なのであろうか?1)国民性の違い、2)医療従事者がAATの効果を知る機会がない、3)医学と動物学をコーディネイトする専門家がいない、など多々あろう。しかし、もっとも重要な要因は“科学的な検証がまったく不十分である”ことである。James A. SERPELL 教授は、「欧米諸国でも決して普及しているわけではない。その要因は“なぜ効果があるかなど科学的な検証が不十分なためだ”」と述べている。

動物愛護法とイヌの福祉
林良博/東京農業大学農学部 教授
農林水産省生物多様性戦略検討会 座長 

 平成22年8月から23年12月までの1年5カ月間、環境省中央環境審議会の動物愛護部会に設けられた「動物愛護管理のあり方検討小委員会」は、25回の論議を経てようやく報告書をとりまとめ、動物愛護部会に諮ることができた。
動物の愛護及び管理に関する法律は、その立法化から過去2回の改正まで、すべて議員立法として提出・成立してきた経緯がある。今回は、内閣による法案提出が噂されたが、結果として従来通りの議員立法になる見通しである。
今回の検討における際立った特徴は、パブリックコメントとして寄せられた意見が、検討の前半部に対して12万通を超え、さらに後半部に対しても5万通を超えたことであり、多くの人びとが本法の改正に高い関心を寄せたことが示されたことである。しかし、パブリックコメントは改正に熱心な人びとが意見を寄せるのに対し、現状維持を望む人びとはあまり関心を示さない傾向にあることを忘れてはならない。
内容的には、動物取扱業の適正化が焦点となり、深夜生体展示規制、移動販売、オークション等への規制について論議された。とくに幼齢動物を親等から引き離す日齢については意見がまとまらず、三つの案(45日齢、7週齢、8週齢)が併記されることになった。さらに飼養施設の適正化や動物取扱業の業種追加についても検討された。その検討結果については、環境省のホームページで紹介されているので参照されたい。
検討小委員会の座長として痛感したことは、すべての犬種に対応できる科学的データが不十分であることである。人間もそうであるように、犬においても個別性が極めて高く、ひとつの基準に収まらない動物であるといえる。このような状況下では、示された科学的データを尊重しながらも、個別の具体的事例を踏まえて一定の基準作成を目指す必要がある。

「こころのワクチン
村田香織/もみの木動物病院(神戸市) 獣医師

近年人間社会でもさまざまなこころの病がクローズアップされている。人間が人間社会で生活する場合でさえ、職場や学校に馴染めないなどの適応障害が生じる。動物でありながら人間社会で生活するペットは、本来のその種の社会とは全く異なる価値観の世界で生きていかなければならない。動物としてごく自然な行動も人間社会では受け入れられないことが少なくない。

長年ペットの問題行動のカウンセリングを行っているが、飼い主が犬を擬人化して自己流のしつけをしていたり、不適切なアドバイスや間違った情報に惑わされ、問題を悪化させていることが多い。また子犬の時期の社会化不足が原因と思われるケースも目立つ。

子犬の時期に十分な教育の機会を受けないまま成長し、人間社会に適応しなければならない犬達は日々ストレスを強いられる。彼らが人間社会で幸せに暮らすためには、順応性の高い子犬の時期に人間社会に適応できるように社会性を身につけさせ、飼い主と信頼関係を築いておく必要がある。

問題行動を持つ成犬の治療に比べると子犬の時期にこれを予防しておくことの方がはるかに少ない努力で大きな成果を生む。また成犬の問題行動の治療は非常に忍耐が必要であるが、子犬の教育は毎日のようにその成長を実感できる楽しい作業である。非常に柔軟な頭を持つ彼らは、適切な行動を学習するのも早い。

問題行動を予防し、飼い主とペットが楽しく幸せに暮らすための教育を私は「こころのワクチン」と呼んでいる。心身ともに健康でしあわせな犬は飼い主のこころを明るくし、周囲の人にも快く受け入れられる。

 伝染病のワクチンと同じく、すべての動物病院でこのこころのワクチンを接種する事ができれば幸せな飼い主と犬を増やし、結果的に不幸になる犬を減らすことができるだろう。



ペットから学んだ異文化
石山 恒/マースジャパン リミテッド 副社長

  ペット産業に従事して29年になる。勤務している会社が多国籍企業で、会議等で30カ国に旅をした。何故そんなに多くの国々に行く必要があるか疑問に思うかもしれないが、7億匹もの犬や猫が世界で飼われていて、色々の国のペット事情を理解することが世界の事業活動に重要であった。1980年代日本でも、ペットフード産業が開花し始め、我社でも海外の成功事例を日本市場に導入したのだが、そこで多くの文化的相違に直面した。海外で多くの犬種が存在するのに何故日本やアジアでは少ないのだろうか。日本で古くから飼われている犬は柴犬の相似形にすぎず、この違いはどこから来るのか。それを理解する為に、世界各地の博物館と美術館をよく訪れた。博物館は、何千年もの人類の変遷のれきしを、数時間で見て取れ、時代時代の生活を教えてくれる。イギリスの絵画で分るのだが、17世紀から近代に至るまでの貴族の家族絵には必ずと言っていいほど足元に犬がいる。だが日本の鎌倉時代からの鹿、猪狩りの絵を見ても、犬の本質的な特徴が描かれたものは殆ど無い。
農耕生活に犬が余り必要でなかった日本やアジア地域と、犬の存在が絶対的に必要であったヨーロッパ狩猟民族との違いなのだろうか。そうでない日本では犬はペットと言うより愛玩犬と言う表現が最適かもしれないと思うようになった。日本語には静的、動的状況を述べる形容詞や副詞、動詞が極端に少ない。もちろん広い語源を持つ英語は遥かに語彙が豊富であるが、状況を的確に伝へ、役割分担と時(季節)と位置の明確さが必要な「狩猟」と、余り動的状況の伝達と役割分担を必要としない「農耕」の違いから、このような言葉に違いの発展につながったのではないかと、ペット産業を通じてふと思った。

今回のパネルディスカションではいろいろの国のペット事情を通して討議に参加したい。