東日本大震災における被災動物対応の現状と今後の課題 –放射性物質汚染への対応を考える-
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座長メッセージ
東日本大震災における被災動物対応の現状と今後の課題
—放射性物質汚染への対応を考える—
伊藤伸彦 学校法人北里研究所 理事
北里大学獣医学部 学部長
東日本大震災がこれまでの震災と全く異なるのは、広い範囲で放射性物質による汚染が発生したことである。そのため、動物の救護活動には3つの特殊な問題が加わった。すなわち、救護活動を行う場所における活動者の放射線被ばく、被災動物の放射性物質による体表面と体内の汚染、原発から20km圏内が警戒区域になったために活動者の立ち入りが制限されたことである。
警戒区域内の飼育者たちが居なくなったために起こったことは、動物たちの放射線影響による死ではなくて、飢餓による苦痛と死であった。それでも、故意に逃がした動物や飼育檻や鎖から放れた動物の一部は生き延びた。犬や猫などについては、日本獣医師会HPで紹介された“動物の身体汚染への対応法について:緊急的暫定措置”を指針の一つとして保護活動が続いている。しかし、産業動物に関しては、原子力災害対策本部長から福島県に対して、警戒区域内の家畜の安楽死処分が指示され現在に至っているが、域内には未だに1000頭以上の放れ牛や多くの野生化した豚などが生き延びている状況である。警戒区域内の動物には放射性物質の体内汚染があり、動物は制御しにくくなっているため、安全に捕獲することがますます難しくなっている。
国の方針に対し、牛の安楽死に同意した農家の方々には無駄に殺されているという思いもあり、さらに国内外から、警戒区域内の動物を助けるか人類に役立つ研究に使えないかという要望が寄せられていた。これを受けて、日本獣医師会会長が各方面に働きかけを行い、警戒区域内の放射能汚染牛を活用した研究が11月から開始されている。また、野生動物の体内放射能汚染の調査によって、福島県の面積の7割を占める森林中の放射能汚染を評価する研究も提案されており、原発事故の動物への影響の調査は始まったばかりである。
震災から今日まで・・・ -小動物における動物救護活動について–
河又 淳 /福島県動物救護本部 千葉小動物クリニック 獣医師
世界にも類を見ない東日本大震災により,福島県は宮城,岩手同様に甚大な被害を受けることとなり,それに加え原子力災害により,想像を絶する大惨事となってしまった.
福島県の報告によれば,警戒区域内にはおおよそ1万頭にのぼる犬猫が生存しており,結果的にはその6~7割が津波,飢餓,衰弱などにより死亡したとみられる.警戒区域内にはいまだに推定400~500頭前後の犬猫が取り残されており,行政による救護活動が精力的に行われているが,動物が人間に対して警戒を強めていることや放射線の影響で活動しにくいととなどもあり,動物の保護がスムーズに進んでいないのが現状である.
福島県動物救護本部は,震災後1カ月後に福島県が本部長となり福島県獣医師会,郡山市,いわき市の2中核市,福島県動物愛護ボランティア会の5団体で構成された.しかしながら当時は国,県,獣医師会は混乱を極めており,我々県民も不安定な生活を強いられる状況下,これら団体が一枚岩になり動物救護にあたることが困難であった.
県動物救護本部は県内に2ヶ所のシェルターを設置し対応しており,緊急災害時動物救援本部からの義援金や全国各地からの支援の上に成り立っているが,未曾有の大災害ということもあり,その維持運営管理資金は膨大な金額が必要なため不足している.それに加え,慢性的なボランティア不足に悩まされており,資金と人の不足がシェルター閉鎖の見通しが立たぬ現状での大きな課題である.
今回の大災害を通じ,県や獣医師会レベルの被災地単独での動物救護活動には多くの問題と限界があり,官民一体となった大規模な組織力の投入が必要であることを痛感した.今後は大災害に備え,より広域での被災動物支援システムの構築と,そのマニュアル作成の必要性があるのではないだろうか
東日本大震災における被災動物対応の現状と今後の課題 —放射性物質汚染への対応を考える—
佐藤利弘/福島県酪農業協同組合 生産部診療課 課長
今回の震災で直接的な被害を受けた福島県内の牧場は僅かでしたが、ライフラインの寸断、乳業工場や飼料工場等の被災、燃料不足による物流の断絶等により、通常の生産活動ができず回復までには2週間余りを要し、原発事故による原乳出荷停止は更に追い打ちをかけました。
そして浜地区に出された原発事故の避難指示は、状況が見えない中で同心円状に20km圏内の避難指示、30km圏内の屋内待避指示が1ヶ月余り続きます。この間牛の所有者達はその地に留まったり、避難先から通ったり、牛の避難を試みます。組合も行政との協議を経ながら避難先を確保し、一部家畜の移動を試みます。しかし4月22日から20km圏内は警戒区域の指定により、事実上家畜を放置せざるを得ない状態になりました。当初想定されていた殺処分や死体の処理も、作業環境や産業廃棄物としての処理見通しが立たず、大半の家畜が餓死し、5月半ばには死屍累々の状況となったと聞きます。5月に始まった一時帰宅者やボランティアからもたらされたその映像はメディアを通じて世界中の知る所となります。その後も作業は遅々として進まず9月過ぎまでかかった様に聞きます。これらの事は家畜の所有者や畜産関係者に心の闇を残す結果となりました。
一方野生化した牛や豚の存在は、今後自家繁殖あるいは野生動物との繁殖によるエリア拡大等の新たな問題となると考えます。
次に、放射性物質汚染は生活環境としての地域的な汚染分布だけでなく、時間の経過と共に未知の放射性物質の濃縮(地形的、生物的)を実感させました。地元農業を持続させるための課題は多く、生産物モニタリングと生産サイクルの検証、検査体勢、リスクコミュニケーション、除染技術の開発等多面的な取組が行われています。