開催日時:2016年1月10日
場所:長崎インターナショナルホテル
主催:「華丸セミナー」実行委員会
講師:赤坂動物病院総院長 柴内裕子/公益社団法人Knots理事長 冨永佳与子
このセミナーの名前ともなっている華丸は、大村藩の家老である小佐々市右衛門前親(あきちか)の愛犬であり、前親が殉死した後の火葬の際、火に飛び込み亡くなったとされています。
昨年開催された「義犬華丸」365回忌顕彰記念行事のおり、今回のセミナーの講演者でもいらっしゃる柴内裕子先生のご講演をうけて、CAPP活動や動物愛護に関する詳しい内容の講演の要望の声があり、華丸セミナー実行委員会が立ち上がりました。人と動物の関わりの歴史は古く、現在では「アニマルセラピー」「ヒューマンアニマルボンド」「コンパニオンアニマル」「ペットロス」などの言葉も広く知られるようになり、医療や介護の現場における動物介在療法が注目され、教育の現場でも、学習指導要領に自然との関わりや命の大切さの要素が加えられ、健全育成への貢献が期待されてきています。一方、青少年が引き起こす凄惨な事件では、動物虐待がサインとなることも認識されるようになりました。
こうした現状の中、今回のセミナーは人と動物関連の分野に長年携わり多くの成果を上げてこられた第一人者の柴内裕子先生と公益社団法人Knots理事長の冨永佳与子先生をお招きし、① 動物介在活動、② 動物介在療法、③ 動物介在教育をテーマとしました。さらに今回のセミナーでは教育・医療・介護などの現場で指導的立場にあられる方を対象として、このセミナーを通じて各分野の方々に人と動物の関係への理解を深めていただき、それぞれの分野での課題解決のきっかけとしていただくために開催されました。
セミナーは午前が教育分野関係者、午後は医療・介護分野関係者を対象とし、午前は動物介在教育、午後は動物介在活動・動物介在療法をテーマとして行われました。予定していた人数を上回る参加となり、会場からは、新たな取り組みに向けての関心の高さが感じられました。 午前・午後とも、はじめに今回のセミナーの実行委員長で、公益社団法人長崎県獣医師会大村支部の渡邊方親支部長からご挨拶があった後、講演が始まりました。午前の部では、ご多忙の中セミナーに参加された大村市の園田裕史市長もご挨拶され、ご自身が飼育されてきた動物たちのお話も交えながら、講師の先生方への感謝の気持ちを述べられました。さらに動物介在教育については、その実施に向けて前向きな考えを示されました。大村市は、「華丸」をきっかけに、ゴールでは、地元の動物病院のドッグランでしつけ教室を受けられるワンちゃんと一緒の街歩きイベントを実施されるなど、適正飼育啓発と観光振興をうまく結びつけておられます。セミナーは午前午後とも、冨永氏が概要について、柴内先生が実践・ケーススタディについて講演されました。
冨永佳与子氏の講演では、まず人と動物の歴史を紹介された後、人と関わってきた動物たちの中で今回のテーマとなっている動物介在活動・教育・療法に参加できる動物は、人類が選んできた動物たちで、長い歴史の中で人間と特別な関係を結んできた動物たちであるということを伝えられました。またその活動に関しての用語の定義を再確認されました。いわゆるアニマルセラピーといわれているものは、正式には動物介在活動(AAA)・動物介在教育(AAE)・動物介在療法(AAT)と言い、それぞれに違うものです。動物介在活動は、動物たちと所謂、触れ合いをして動物との関係のプラス面を実際に感じてもらうことです。動物介在療法は実際の治療行為として、医療者がプログラムを組んで動物を介在させて行い、データをきちんと取って治療に活用するもので、動物介在教育は教育プログラムに動物を介在させて行うものです。このように3つの言葉はそれぞれ異なる意味を持ちます。
動物介在教育の一例として、海外では言語学習のプログラムとして、わんちゃんに向けて子供たちが読み聞かせをするというRead Dogが活躍していることも紹介されました。言語の習得がうまくいかない子供たちが、わんちゃんに読み聞かせをすることで自信を取り戻し、学習意欲が高まり、学習の進展につながるそうです。またこのような動物介在活動・教育・療法を行うにあたっては、IAHAIO(人と動物の関係に関する国際組織)のガイドラインが参考にされています。
IAHAIOのプラハ宣言※1で動物介在活動・療法に関するガイドラインが、リオ宣言※2で動物介在教育に関するガイドラインが出されています。
※1 IAHAIO プラハ宣言(PDF) 英語/日本語
※2 IAHAIO リオ宣言(PDF) 英語/日本語
その中では動物たちや動物介在活動・教育・療法に関わる人々の健康や適性に関してのガイドラインや
プログラムの策定に関しての基準が設けられています。今回のセミナーでは参加者の皆様にガイドラインの日本語訳も資料として配布されました。
午前の部ではさらに、冨永氏が奈良県「いのちの教育」※3研究協議会副会長として関わっていらっしゃる奈良県うだ・アニマルパークについても話されました。奈良県では「いのちの教育」を県の地域振興事業として行っており、そこで実際に行っているプログラムや取り組みを紹介いただきました。
※3 奈良県「いのちの教育」連携協定事業についてはこちら
また午後の部では、特にヒポセラピーについて長年ご研究を重ねておられる東京大学の局先生からご提供いただいたスライドで、補完医療の一分野としての動物介在療法の説明と内外で発表されている論文をご紹介し、その関係する医療分野や活用可能性のある範囲も説明されました。
冨永氏の講演の後、柴内先生のご講演が始まりました。最初に、ご自身の戦争体験とともに、獣医師を志したきっかけをお話されました。柴内先生は日本で最初の開業女性獣医師であられますが、先生がその当時のご経験から、戦争に行かずに動物たちを救う獣医師になりたいと志された熱い思いが伝わりました。人と動物の関わりに関する基本的な理念であるヒューマンアニマルボンド(人と動物の絆)に関してもお話されました。ヒューマンアニマルボンドは1970年代に提唱された理念で、人間と、動物を含む自然との絆との相互作用から生まれた効果が人の動物や福祉、教育のために生かされているということを伝えられました。
先生は獣医師として働いていく中で動物の診療をするだけでなく、人を含めた動物たちの幸せのためにCAPP※4(人と動物とのふれあい活動)を日本に導入されました。柴内先生はこの活動を始められて30年、回数は17000回を越えられています。獣医師が中心となって行う活動のクオリティの高さから、現在では、動物介在教育、動物介在療法の分野へと広く活動を行っておられます。
※4 日本動物病院協会 CAPP活動については こちら
「動物たちを悪者にしない」という言葉を柴内先生は講演中に何度もおっしゃっていました。CAPP活動を行う動物は適性のある動物であることはもちろん、動物やボランティアスタッフの健康管理や教育はきちんと行い、事故が起こらないように努力されています。
講演の中で学校現場や医療現場、高齢者施設などでの実際の様子も多数紹介されました。動物を介在することで子ども達への教育効果が上がったり、命の大事さを学んだり、辛い医療行為やリハビリテーションを頑張れたり、動物たちとの触れ合いをきっかけとして友人ができたりコミュニケーションが取れたり。動物たちが人に与える様々な効果に関してのお話は心に響くものばかりで、参加者の皆様も熱心に聞き入っておられました。
講演中は、会場となった長崎インターナショナルホテルさんのご厚意もあり、プードルの ぬかちゃん も一緒に参加し、柴内先生とのデモンストレーションでも頑張ってくれました。動物たちにはその場にいるだけでその場の雰囲気を良くしてくれます。実際にセミナー中に ぬかちゃん を見る参加者の皆様の顔はほころんでおり、動物が人に与える影響を体感することができました。お2人のご講演後に質疑応答がありましたが、参加者の方々のご質問からも今回のテーマとなった動物介在活動・教育・療法への関心がさらに高まったことが伝わりました。
最後に、長崎県獣医師会の岩松茂事務局長より閉会の挨拶があり、盛会のうちにセミナーが終了しました。長崎でもこのようは活動が広く普及していくことが大いに期待されます。
マース ジャパン リミテッド様より、ウォルサム研究所編 「人と動物の関係学」ポケットブックを、セミナーの資料として、ご提供いただきました。有難うございました。