シンポジウム5《発表要旨》:
「日本の災害獣医療の今後を考える」
日時:7月20日(月)14:00〜17:00
会場:ラウンジ
主催:災害動物医療研究会
趣旨:阪神淡路大震災から20年、ハリケーンカトリーナから10年となり、どちらも都市が巻き込まれた大規模自然災害で、多くの人が被災し、同時に被災動物も注目された災害でした。米国の災害獣医療の第一線で活躍されているDr. Madiganにご講演いただき、田中亜紀先生からは、日米の状況を踏まえ、日本における災害獣医学の必要性についてご講演いただきます。今後の災害に備え、日本の災害獣医療の方向性を示せるようなシンポジウムにしたいと思います。
主催者メッセージ
羽山 伸一氏(災害動物医療研究会 代表幹事/日本獣医生命科学大学 教授)
阪神・淡路大震災から 20年が経過し、多くの人々の英知と努力により復興された神戸の地で、第4回ICAC KOBE 2015が開催されることを心よりお慶び申し上げます。
わが国は世界有数の災害発生国であり、これまでの噴火災害や大震災の経験から、災害動物医療では短期間に多くの物資や従事者が必要となることが明らかです。阪神淡路大震災の場合、犬4,300頭、猫5,000頭が被災したと推定され、動物の救助活動に参加したボランティアの総数は、延べ2万人を超えました。
今後、発生が予測される南海トラフ地震や首都直下型地震では、最悪の場合、数十万頭の動物が被災すると予想されます。また、その他の火山噴火をはじめとした自然災害だけでなく、船舶事故による海洋汚染、原子力災害やパンデミックなど、あらゆる災害に対応可能な動物医療体制を準備しておく必要があります。ところが、わが国では、災害時に必要とされる動物医療支援体制等を研究した例がほとんどありません。一方、米国などの獣医大学や獣医師会では、災害獣医学の教育研究体制があり、現場で活躍する専門家の育成も行っています。災害における動物医療の役割とは、家庭動物や産業動物などの被災動物を対象とした救護活動はもとより、人と動物の共通感染症対策、食品及び環境衛生、公衆衛生、汚染物質対策、放浪動物や野生化家畜問題などに加え、災害救助に携わる動物や被災した飼い主のペットロスへのサポートなど、多岐にわたります。
そこで私たちは、わが国でも災害獣医学や災害動物医療体制を確立するために、災害動物医療研究会を設立し、人と動物と環境の健康を維持する社会づくりに貢献したいと考えています。この国際会議が、わが国における災害動物医療の発展に向けて、実りあるものになることを祈念しております。
座長メッセージ
座長:佐伯 潤氏(公益社団法人 大阪府獣医師会 会長/一般社団法人 日本小動物獣医師会 理事/全日本獣医師協同組合 筆頭理事/災害動物医療研究会 幹事/くずのは動物病院 院長)
災害獣医療(災害獣医学)は、動物の救護活動のみではなく、人と動物の共通感染症など公衆衛生面での対応などを幅広く含み、ワンヘルスの概念を実践する分野だと考えます。今年は、日本においては阪神淡路大震災から20年、アメリカにおいてはハリケーン カトリーナから10年となります。どちらも都市が巻き込まれた大規模自然災害で、多くの人が被災すると同時に多くの動物も被災しました。また、テレビなどで被災した動物の姿が報道されたことで、動物に対する救護活動が注目され、両国におけるその後の災害発生時の動物救護対策の整備に大きな影響を与えた点でも共通しています。
このシンポジウムでは、この様な節目となる年に開催されることから、過去の災害での様々な経験を踏まえ、今後の方向性を示せる内容にしたいと考えており、お二人の災害獣医療の専門家の先生よりご講演いただきます。まず、アメリカで多くの災害現場でのご経験をお持ちのカリフォルニア大学デービス校 教授・Dr. Madiganをお招きし、「アメリカにおける災害獣医療について」をご講演いただきます。次に、同じくカリフォルニア大学デービス校の田中亜紀先生には、日米両国の状況を踏まえた上で、「日本の災害獣医療の方向性」と題したご講演をいただきます。
「アメリカにおける災害獣医療について」
災害と動物:防災と対応
災害や大規模緊急事態では人と同じように動物も被害を受ける。被災者は伴侶動物に対しては感情的な絆が強く、産業動物は経済的に重要である。火災、洪水、地震、停電、極寒や極暑、そして稀ではあるが放射線汚染、有毒物の流出を含むすべての災害が動物と人の生命に影響を及ぼす。危機管理においては、防災と対応計画に動物も組み込まなければならない。動物を含む対策として欠かせない分野は、獣医療の提供、シェルターでの保護、給水と給餌、飼い主照合、捜索救助、除染、動物を含めた避難計画、動物の輸送、動物の個体識別、感染症管理や復旧作業が含まれる。
「日本の災害獣医療の方向性」
大災害においては、人だけでなく動物や環境にも多大な被害を及ぼす。災害時は当然ながら被災地域は混乱をきたし、地域のすべてのリソースが打撃を受け、人を含め野生動物、産業動物、伴侶動物などすべての動物種に甚大は影響を及ぼす。欧米諸国では災害時における獣医師の役割が確立しており、災害獣医学という学術分野も発展しており獣医大学や学会等での獣医師に対する教育訓練も盛んに行われている。災害大国である日本でも災害時における獣医師の役割を明確にし、獣医学の専門知識、技術および教育を通して人、環境そして動物の健康に貢献することが重要である。
【分科シンポジウム5】
7月20日 14:00〜17:00/会場:ラウンジ
「日本の災害獣医療の今後を考える」
阪神・淡路大震災から20年となる今年は、アメリカ南東部を襲ったハリケーン・カトリーナの被害から10年の年となります。日本でも、ニューオーリンズの街が水没した映像が報道されましたので、この災害を記憶している方も多くおられると思いますが、人と共に多くの動物も被災しました。
まず始めに、アメリカの多くの災害現場で災害獣医療の経験を持つカリフォルニア大学デービス校教授のマディガン氏から、同校の獣医緊急対応チーム(VERT)の活動内容が紹介されました。VERTは主に災害時における動物への対応およびトレーニングを行う組織で、UCデービスの教員や学生によるボランティアによって構成されています。
マディガン氏の報告では、25%(日本では21%)の飼い主がペットを残して避難することを拒否して現場に残り、一旦はペットを残してきた人の50〜70%(日本では80%)が危険の残る被災地に戻ろうとしたという実態が示され、田中氏からは日本国内でも同様の認識があることが示されました。このことからも、国や災害の種類の違いはあるものの、災害に見舞われる前に、動物と共に避難する体勢の構築が、その後の人と動物双方の安全にとって効率的で効果的であり、適切な準備と協調体制が人と動物と地域の安全を守ることに繋がるのが分かります。
また田中氏からは、実際の避難所や救護施設での動物の群管理や危機管理の現状が伝えられ、災害時に起こる問題の多くは、実は平常時から抱えている問題が露呈するケースが多く、もともと飼い主のいない猫などが被災地のシェルターに多数保護されるケースも見受けられるそうです。これらのことからも、災害に見舞われる前に、地域ぐるみで解決しておくべき課題が多数あることが理解できます。
お二人の発表後に、マディガン氏の片腕でもあるパトリシア・アンドラーデ氏も参加し会場からの質問にお応え頂きました。アメリカの災害獣医療のエキスパートであるお二人がこうして日本で一緒に登壇することはとても貴重な機会です。会場からは、災害現場でのリーダーシップの在り方についての質問があり、マディガン氏から丁寧な説明がありました。人生の基盤が崩壊するような非常時に、動物の救助を行なうことに対する住民の理解やまだ十分に体勢が整っていない日本国内のこれからの課題を見つめ直す良い機会となりました。