平成28年度 奈良県「いのちの教育」研修会報告
開催日:2016年11月8日(火)/22日(火)
開催場所:奈良県うだ・アニマルパーク 振興室 動物学習館
主催:奈良県うだ・アニマルパーク振興室/公益社団法人 Knots
協力機関:中和保健所動物愛護センター
後援:奈良県教育委員会/宇陀市教育委員会/公益社団法人 日本動物病院協会/公益社団法人 奈良県獣医師会
奈良県のうだ・アニマルパークで毎年秋に開催されている「いのちの教育」研修会が、11月8日(月)と22日(火)に開催されました。この研修会は、うだ・アニマルパーク振興室で実施されている「いのちの教育」プログラムの取り組み内容や、その成果などを全国の動物行政や教育関係者などと情報共有をして、今後の更なるプログラムの内容のブラッシュアップや、他の自治体での取り組みとの連携などを目的として開催されています。毎年、関西圏だけではなく、関東方面や九州地方からも関係者がご参加くださって積極的な意見交換が成され、実際に奈良県で開発されたプログラムを導入して実施している自治体もあります。
これまでは各自治体ごとに独自に教材を開発して実施し、その地域内で完結していることが通常でしたが、実際に子供たちに接している現場の職員が一同に介してそれらの取り組みの情報交換を行うことができる場は、世界でもほとんど例がありません。そうしたことから、「動物のいのち」を通した子どもの教育の情報発信拠点として、うだ・アニマルパークはますます重要な役割を担うようになっています。
開催に先立ち、うだ・アニマルパークの矢冨室長から挨拶があり、昨年度にこのパークを訪問した人数が238,000人であるということが報告されると、参加者から驚きの声があがりました。うだ・アニマルパークは公共交通機関で来るには少し不便な場所にありますが、いのちの教育研修会はあえてこの場所で毎年開催するようにしています。過疎化が進んだ地域での観光拠点のモデルとして、観光と教育、そして動物愛護センターとしての3つの機能を、同時に実現している施設を肌で感じてもらいたいという願いも込められているからです。また、「いのちの教育」を行っている動物愛護・ふれあい係では、昨年度は48のモデル校でのべ7,800人の児童にこのプログラムを実施しましたが、今後5年の目標として奈良県下にある201の小学校すべてにプログラムを実施するべく、新たな実施方法や保健所との連携などを検討しているという報告が行われました。
次に、2012年6月より奈良県と連携協定を締結して、この「いのちの教育」の普及啓発に共に取り組んでいる公益社団法人Knotsの冨永理事長より、去る7月11~13日にフランス・パリで開催された「第14回 IAHAIO国際会議2016 パリ大会」に、奈良県の「いのちの教育」の取り組みとその成果をポスターで発表した旨が報告されました。会議への参加者からは、「フランスでもこの張り子のツールは使えないのか?」という意見が聞かれ、多くの方が日本での教育活動に高い関心を示して下さったようです。こうした取り組みの基盤となる研究協議会の設置や、地域振興や行政運営の在り方など、このうだ・アニマルパーク 振興室には、今後の日本におけるヒューメイン教育実施の大きなヒントがあるように感じています。
11月8日(火)
・うだ・アニマルパーク「いのちの教育」の経緯及び取組について
・模擬授業(小学生プログラムⅠ 気づき)
・授業見学(小学生プログラムⅡ 共感)
・模擬授業(小学生プログラムⅢ 責任)
・小学生プログラムの現状と評価(アンケート結果)報告
・動物愛護センターの学習ツール説明
・今後の動物愛護教育について意見交換
・動物愛護センター施設見学(希望者のみ)
初日のこの日は、プログラムⅡで実際の子どもたちの授業を見学し、その前後にプログラムⅠとⅢの模擬授業が行われました。午前中だけでⅠ~Ⅲまでのすべての内容を網羅することができる贅沢な体験型の研修となりましたが、子どもたちの反応も直に見学し、模擬授業では自分たちが小学生になったつもりで参加することができましたので、皆さんとても楽しそうだったのが印象的でした。また、昨年はスケジュールの都合で参加が叶わなかった香港の方が見学に来てくださり、このプログラムが海外でも関心を集めつつあることを伺い知ることができました。
午後からは、それらの3つのプログラムをすべて受講した子どもたちの意識変化について、アンケートの分析方法と調査結果が報告されました。奈良教育大学の天ヶ瀬准教授を会長とした研究協議会では、こうした分析を元にしてプログラム内容の更なる向上を目指しています。例えば、小学1年生ではまだ「環境」に対する学習が始まっていないので、このプログラムを受講する前には「環境」について意識を持っている子どもはほとんどいませんでしたが、受講後は、人と動物が自然環境によって繋がっているということに目を向けることができる子どもの数が、かなりの割合で増加しています。また逆に、動物の健康を人間が守るというケガや病気に対する責任の意識向上に関しては大きな数値の変化が見られなかったため、今後、更に分かりやすい伝え方が必要な項目であるということが反省点として挙げられています。このように、実施しているプログラムを客観的な観点で分析することは非常に手間がかかる作業ですが、とても重要なことなのです。
その後、「いのちの教育」以外に動物愛護センターで使用されている教育ツールの紹介があり、参加者を交えた意見交換へと移りました。この場では、まず各自治体の職員の皆さんに、それぞれが地域で取り組んでいる教育の内容を発表してもらいましたが、生体を伴っての訪問活動が行っているところもあればそうでない地域もあり、実施対象も幼稚園~小学校高学年まで様々であることが分かりました。ただ、いずれの地域の職員も試行錯誤を繰り返しながら手探りで努力を続けておられる様子が、言葉の端々から伝わってきました。この意見交換の中で、「福祉の担保」という言葉が何度も出てきましたが、生体を伴う伴わないに関わらず、人と接する動物の「福祉の担保(動物にストレスがかからない)」ということがキーワードになっているように感じました。
11月22日(火)
・中高生プログラムの概要説明
・模擬授業(中高生プログラム 基本編「動物がよりよく生きる」)
・模擬授業(中高生プログラム 展開編「いのちを大切にする社会」)
・小学生プログラムの現状と評価(アンケート結果)報告
・今後の動物愛護教育について意見交換
第2回目となるこの日は、すでに小学生プログラムの3回コースの内容を知っているという前提で、それに続く中高生プログラムの内容に関する概要説明と模擬授業が行われました。小学生プログラムでは、プログラムⅠで人と動物が繋がっているという「気づき」、Ⅱでは、人も動物も同じいのちを持っていて感情があるという「共感」、Ⅲでは、私たちが動物のためにできることという「責任」について学習しますが、中高生プログラムではそれらのことを再度振り返りつつ、「いのちを守る社会の仕組み」について考えます。
中高生プログラム 基本編「動物がよりよく生きる」の柱になるのは、欧米の団体では動物福祉の指針としてすでに定着している「Five Freedoms(5つの自由)」という考え方です。まず最初のステップとして、犬や猫、ウサギなどの動物のカードをグループごとに選んで、その動物の視点でどのような欲求があるのかを考えます。そうして出た欲求を、「病気やケガ」「生活環境」「エサや水」「心」「自由な行動」のどれに当てはまるのかを分類し、人間が守るべき責任を考えます。
1. ケガや疾病からの自由
2. 不快からの自由
3. 飢えと渇きからの自由
4. 正常な行動をする自由
5. 恐怖や不安からの自由
Freedom(自由)という言葉は、そのことから「解き放たれる」、または「守られる」という意味で使われている言葉です。このプログラムは、これらの条件がすべて満たされるためにはそれぞれの動物に対して、私たちがどういったことに配慮をしなければいけないかを考えられるように工夫されています。
次に、「飼い主がペットを飼えなくなった理由」について考えます。「飼い主の病気」「予定外の繁殖」「近隣からの苦情」など、理由は様々ですが、それぞれの理由に対してどうすればその問題点を解決できるのかをグループで考えます。そうやって問題点を書き出し、発表をして話し合っているうちに、個人の問題で解決できる内容と社会全体で考えなければ解決できない問題があることに気が付きます。そうした問題は、今後、自分たちが社会の一員としていきていく中で、何らかの形で関わっていく問題であるということに気が付くのです。
引き続き、中高生プログラム 展開編「いのちを大切にする社会」では、なぜ動物愛護センターという施設が日本の社会の中で必要なのかということを考え、そこで行われている業務や、今後目指すべき社会の在り方などについての説明が行われます。これまでは「動物のいのち」ということがテーマでしたが、展開編では「社会の中の一員としてわたしたちにできること」というのが大きなテーマになりますので、人と動物の関わりが抱えているより深い問題点に視点を向けることになります。
この日も初日同様に小学生プログラムの評価結果と意見交換が行われました。数値化が難しいと言われている心の変化に対する分析方法や、教育委員会から派遣されている教職員の指導のテクニックなどに対して、多くの参加者から称賛と驚きの声が挙がっていました。奈良県では、これらの取り組みに対して獣医師の資格を持った行政の職員と、学校教育の現場で子どもたちの指導を行っている教職員が連携をして実施していますが、他の地域の多くは愛護センターの職員や動物愛護推進員などによって実施されているところがほとんどです。教育のプロの指導技術に尻込みをする参加者もおられましたが、動物行政に関わる職員の皆さんが真剣に「いのち」に向き合っている姿勢を示すことこそが、きっと「いのちの教育」の根幹なのだと感じています。