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2016.08.31

【報告】平成28年度 奈良県「いのちの教育」講演会

平成28年度『奈良県「いのちの教育」講演会』報告

開催日時:2016年8月22日(月) 13:30〜16:00
場所:奈良県うだ・アニマルパーク動物学習館
主催:うだ・アニマルパーク振興室
共催:公益社団法人 Knots

平成24年度から、奈良県下の小学校を対象に始まった「いのちの教育プログラム」ですが、モデル校から多くのリピート校が誕生し、現在では新たな中高生プログラムも実施されるようになって、県内外の関係者からも大きな注目を集める取り組みになっています。そうした要望に応えるため、毎年、全国の動物行政および教育関係者を対象に研修会が開催されて奈良県での実績報告が行われ、また、定期的に先進的な取り組みを行っている国内外の専門家を講師に迎えて講演会などを行っています。
これまでには、教育評論家として知られている尾木直樹氏の講演会や、英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)の国際プログラム・シニアマネージャー(主にアジア地域で動物福祉教育のプロジェクトの責任者)のポール・リトルフェア氏と考える「いのちの教育」研修会などが開催されています。
今回は、ニューヨーク・マンハッタンから北に1時間ほどの場所にあるグリーンチムニーズ&ファーム サム&マイラ・ロス研究所(以下、グリーンチムニーズ)で教育プログラム部長をしておられる木下美也子氏をお迎えして、グリーンチムニーズでの先進的な取り組みと日本におけるヒューメイン教育の可能性についてお話をして頂きました。うだ・アニマルパークには広大な敷地の園内にはウシやブタ、ヒツジ、ヤギなどの動物が飼育されていて、専任のスタッフによって適切な飼育管理が行われています。こうした環境の施設でグリーンチムニーズのお話を聞くことができるのは、今後の日本のヒューメイン教育の在り方にも大きなヒントとなるかもしれません。

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グリーンチムニーズは、1947年にニューヨーク郊外にサム&マイラ・ロスによって設立された、情緒障害や発達障害などを持つ子供たちをケアするための施設です。創立時のスタッフはサムとマイラ、そして数名の子供たちだけでしたが、現在は600人のスタッフと220人の子供たちが生活をする施設になっています。

今回の講演会では、まず「ヒューメイン」という言葉の意味からお話くださいました。「Human(人間)」という言葉に「e」を追加した「Humane」という言葉には、「人道的な」「人情のある」「慈愛深い」などの意味がありますが、人と人、人と動物の関わりを考える上ではとても重要な言葉です。また、木下氏の講演の中でも何度も出てきた「Empathy」という考えが、グリーンチムニーズのひとつのベースになっています。「共感」や「感情移入」「助けたいと思う気持ち」という意味を持っていますが、動物や植物の世話をするときに、その行動が「Empathy」を伴った行為であるかどうかを考えさせることがとても大切だということです。
動物の世話をすることを通じて、動物の病気や世話のしかたを学ぶだけでなく、エサのリンゴを8等分する算数の学習や動物を飼育するために必要な施設面積を計算に応用させたり、植物が実を結ぶために必要な時間を「待つ」という行為を伴うことによって忍耐力を養ったり、年老いた動物に対するいたわりの心とケアの方法などについても学ぶことができるのです。動物がエサを食べる姿を見て自分自身の健康のことについて考え、馬を洗うことによって自分がお風呂に入ったりシャワーをして身体を清潔に保つ意味を知ります。こうした五感を使った体験型の学習は、なかなか集中力が持続しない子供たちにとっても学習が生活に繋がっていることを実感できるので、知識を習得できる率が高くなるそうです。グリーンチムニーズの目標は、遅れている学力を取り戻し、社会の中で生きていくことができる人間関係などを習得して、一般の学校や社会の中で生活ができるようにすることです。子供一人ひとりから意見を聞き、自分がやりたいことと達成すべき目標を専門家のチームがサポートをしながらプログラムが考えられ、実施されています。

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人間が動物に接する方法は、動物が生活している場所に人が訪問する場合と、動物を連れて人間がいる場所に訪問する場合のいずれかになりますが、グリーンチムニーズもうだ・アニマルパークも動物がいる場所に人間の方が訪れる施設になっています。こうした施設のメリットは、動物に移動をさせるストレスがかからないためにリラックスした状態の動物に接することができ、もし彼らが嫌になった場合でも自分の判断で人間の元を離れて行くことができるということです。このように、大人が動物に対して「Empathy」を持って接している姿を子供たちに見せることによって、子供たちは自分とは違う他者に対する接し方を敏感に感じ取るのです。

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木下氏の講演後、質疑応答の時間が設けられていましたが、参加者から多数の質問が積極的に出され、あっという間に2時間半の講演会が終了しました。質問の中には、経営面のことや「動物の命を食べる」ということについてどのように教育をしているのか、という具体的な質問もありました。
現在、グリーンチムニーズは、ニューヨークの社会福祉局からの依頼で学校で対応することが難しい自閉症などの子供を受け入れていますが、子供に対する支援は州から出るものの、動物の世話に対する費用は全て一般の人や財団などからの寄付によって賄わなければいけないとのことです。創立当時は、親からの虐待などによる家庭に恵まれなかった子供たちの入所が多かったのですが、現在では、自閉症、不安症、行動障害などの発達障害を持つ子供たちが多くなっているそうです。
グリーンチムニーズではトラウマを受けた子供が多いため、ファームの動物を殺
して食べることはありませんが、ファームサイエンスの授業の中で動物がどのように育てられて屠殺をされるのかや、命を食べることによってどのように我々の健康が保たれるのかを学びます。答えを強要すること無く、彼らが自分で判断できるだけの情報を提供するという方針で指導を行っています。

講演の最後に、ファームにいるラクダと人間が頭を合わせてふれあっている写真を見せてくださいました。ラクダは、犬や馬などの動物と違って人間が予想する行為とは違った行動をとる動物なので、彼らとふれあうためには相手の考えていることや望んでいることを想像して尊重する必要があります。しかも身体が人間よりも遥かに大きいため、そうした関係性を結ぶことができたときは、とても多くのことを子供たちが感じ取るとお話されました。グリーンチムニーズの教育方針を象徴する写真として、講演会の最後にとても心に残りました。

グリーンチムニーズ&ファーム サム&マイラ・ロス研究所のウェブサイトはこちら