シンポジウム3《発表要旨》:
「災害に強い日本型畜産の構築のために」
日時:7月20日(月)10:00〜13:00
会場:ラウンジ
主催:実行委員会
趣旨:日本の畜産業は、自然災害に見舞われた際「家畜を助けてあげて欲しい」という声を耳にしてきました。家畜は、私たちの生活に役立てるために生産されます。災害対応の際にはこのような家畜の本来の役割も踏まえた対応が必要です。しかし、受災した家畜の避難は様々な理由から容易ではありません。このため、自然災害のリスクを予め認識し、災害に直面しても家畜への影響が最小限となるよう平素から心がけることが重要です。このセッションでは、日本の畜産の状況も踏まえた対応の方向性を議論します。
座長メッセージ
座長:大山 憲二氏(神戸大学大学院 農学研究科附属 食資源教育研究センター 教授)
我々は地震、洪水、火山噴火をはじめ自然災害の多い国に暮らしており、ひとたび災害が発生すれば、ヒトやペットと同様に家畜も被災する。とくに東日本大震災が引き金となった福島第一原子力発電所の事故により発生した被災家畜は、多くの人々が心を痛めた出来事として記憶に新しい。阪神大震災では家畜に大きな被害のなかった兵庫県でも、2004年10月に上陸した台風23号では大きな被害がもたらされた。また家畜用に大量の飼料を輸入し加工型畜産を行う日本では、海外で発生した災害により家畜が被災する可能性もある。
家畜は主に食料生産を担うために飼育されている動物で、その点でペットとは大きく異なる性質をもつ。一方で家畜の飼育者も、その動物が家畜としての役目を終えるまで愛情をもって接している点ではペットと同様である。したがって、飼育者は家畜を放棄せず、最後まで面倒をみることを望む。ところが例えば飼育者が避難せざるを得ないような災害の場合、家畜をどう取り扱うべきなのだろうか。家畜の避難には、輸送、受け入れ場所、飼料、排せつ物など多くの問題が伴う。受け入れには周辺住民の理解も必要であり、家畜の避難は畜産関係者だけの問題に留まらない。したがって、現実的な対応としてその場での飼育が継続されることとなるが、取り残された家畜の状況がニュース報道されることはあれ、この問題を社会全体で議論する機会は少ない。
ときに自然災害は人的災害と複合し、大規模化する。大自然が引き起こす災害の発生を防ぐことは不可能であるが、少なくとも発生の予知や発生時の対応に万全を期すことで被害を軽減する「減災」は可能である。日本で飼育されている家畜はウシ、ブタ、ニワトリがその代表で、それぞれ395万頭、953万頭、3億808万羽が飼育されている(農林水産省)。これらの家畜の被災に対し、我々は何を準備すべきなのか。本シンポジウムで様々な立場の皆さんの意見を伺い考えてみたい。
「災害発生時の家畜の取扱について」
我が国は、地理的、地形的、気象的諸条件から、地震や台風などの自然災害が発生しやすい国土となっています。このような中、防災体制の整備、国土保全の推進、気象予報技術の向上、災害に対する脆弱性の軽減など自然災害における被害を低減させるための取り組みが進められてきました。最近の度重なる災害により尊い人命が失われる中、「自らの命を守るための行動」の重要性が再認識されていますが、家畜の命を守るための取り組みはどうなっているのでしょうか。
収益性の向上のために畜産経営における規模拡大や専業化が進む一方で畜産経営の戸数は減少しており、更に、都市化が進む中臭いなどの問題から畜産経営が移転を余儀なくされるといった事が起きており、畜産や家畜の事をあまり良く知らない方が増えてきているように思います。
このような中、自然災害の発生の際に「家畜を助けてあげて欲しい」という声を良く耳にします。我が国では家畜のほとんどは建物の中で飼われていますが、家畜をペット専用ホテルに預けるような感じで預かってくれるところはありません。また、家畜は経済目的で飼われているので、自然災害への対応を考える際に経済的な視点からの検討も欠かせません。
農業の国際化が進む中で、エサや種畜の供給を海外に依存する傾向が更に強まっています。この結果、我が国の畜産経営は自国のみならず海外で発生する自然災害の影響も直接又は間接的に受けることとなります。
このため、自然災害発生時に家畜の避難を難しくしている様々な要因について改めて考えるとともに、我が国の畜産における災害対応力を高めるために何ができるのかを一緒に考えてみたいと思います。
「独立行政法人家畜改良センターにおける外部支援について」
独立行政法人家畜改良センターにおいては、5年毎に国が定める中期目標の中で、「センターが保有する資源を活用した外部支援」が業務として明確に位置づけられており、自然災害や家畜伝染病の発生時の外部支援を実施しています。
当センターは、家畜の取扱を熟知した専門家の集団であり、優れた能力を持つ家畜を保有しているのみならず自ら牧草などの飼料を生産していることから、自然災害の発生時に追加的な予算措置等を伴うことなく迅速に初動支援を行うことが可能です。
実際の災害支援の現場では、複数の組織に所属する方々と協力して作業を安全かつ効率的に進めていく必要がありますが、当センターでは日常から複数の作業員で役割分担をして作業を進めていることに加え、外部派遣の経験を積み重ねることにより、現場での作業リーダーの役割を担うことができる職員が多く居ります。
外部支援は正式な業務の一つとして位置づけられておりますが、災害による影響を受けていない地域もありますし、家畜改良は長期間に亘り継続的に取り組んでいくことが必要なので、本来業務と支援の両立を図っていく必要があります。また、家畜伝染病関係の支援では自らの飼養する家畜に家畜伝染病を持ち込むことはあってはなりません。
このため、当センターの全国にある牧場から、職員の派遣、優良家畜の提供、粗飼料の供給を行うとともに、平時からの取り組みとして、我が熊本牧場では、熊本県と連携・協力し、改良に資する褐毛和種の種雄牛造成に取り組み、リスクヘッジの役割を果たして居ります。
昨今、災害については被害を最小限に抑えることのみならず、災害からの復旧や復興をどれだけ速やかに行うことができるかというレジリエンスの重要性が認識され、我が国でも国土強靱化の取組みが推進されています。このような流れを踏まえますと、単に目先の災害対応のみを考えるだけではなく、畜産経営の再開を念頭に対応を考えていくことが求められるようになってきていると考えています。
このため、当家畜改良センターとしましても、最近の支援の実績である①2011年の新燃岳の噴火、②2010年に発生しました口蹄疫、③2011年に発生した東日本大震災、④2014年及び2015年に発生した鳥インフルエンザでの対応も踏まえ、支援体制の改善に取り組んで参ります。
「東日本大震災における配合飼料の供給について」
東日本大震災によって、東北及び関東の太平洋側、青森県八戸港から茨城県鹿島港に至る飼料団地は大きな被害を受けました。この地域は5つの飼料団地に28の飼料製造工場があり、日本全体の配合飼料生産量の約3分の1を生産しています。
これらの工場から畜産農場に毎日配送される飼料の供給が滞れば、牛、豚、鶏に更に大きな被害が及ぶため、被災した飼料工場では復旧を急ぐとともに、飼料業界全体で緊急に全国を網羅したバックアップ体制を敷きました。
具体的には、東北地方の飼料需要量1日1万トン(農水省)を確保するため、西日本、九州、北海道の配合飼料工場の増産と長距離輸送の体制を地震発生後1週間で本格化させました。
あわせて備蓄飼料穀物35万トンの貸付、飼料輸送車両の高速道路使用特別許可等、農林水産省、国土交通省などの支援も得て原料の確保と飼料の配送に全力で取り組みました。
一方で、「電力・燃料・水の供給」という、大災害時の人畜共通の基本的なインフラの確保について、課題が残りました。港湾地区の穀物サイロ、飼料工場、畜産関連施設及び畜産生産者に対して、「電力・燃料・水」が優先供給できるかどうかという問題です。畜産農家や配合飼料工場へ早く飼料や原料を届けたくても、給油できない、海上輸送するにも内航船が不足、飼料の運搬に必要な包装資材のトランスバックなどが手に入らないといった状況が実際生じたのです。
わが国の畜産は、家畜にとって最も重要な飼料原料2,400万トンの大部分を海外に依存しています。飼料工場がほとんど港湾地区に立地しているのは、原料の4割以上を占めるとうもろこしなどを輸入しているからであり、港湾地区が被災すると家畜に大きな影響が及ぶ可能性があります。為替相場、気象条件や災害による海外の生産動向等に左右されない、安定した飼料基盤を確立する意味で、飼料用米など国産原料への依存を高めることは大きな意味を持っているのです。
「災害時における地域内での協力体制について」
本田 義貴氏(兵庫県農政環境部 農林水産局畜産課 衛生飼料班長)
阪神淡路大震災では人的被害が大きかったが、家畜への被害はほとんどなかった。畜産での大きな被害は神戸港や飼料工場、牛乳工場の被災や飼料や生乳の流通が途絶えたことなどによるものであった。
特に飼料の確保については全国から支援があり、畜産の被害は抑えられた。
経済的な被害については、家畜や農業施設の被害は農業共済制度により軽減されている。
近年は、家畜伝染病によるリスクが高まっている。特に、昨冬には高病原性鳥インフルエンザが5県で発生し、多くの鶏を殺処分するなどの被害が発生した。家畜伝染病は他の災害と異なり、早期に対処をしないと被害が拡大することから、多くの機関の協力を得て、迅速に対応することとしている。
日本の周辺では高病原性鳥インフルエンザのほか、口蹄疫などが継続して発生しており、安心できない状況が続いている。毎年、防疫演習や地域協議会の開催などにより、発生時の協力体制を確認している。
【分科シンポジウム3】
7月20日 10:00〜13:00/会場:ラウンジ
「災害に強い日本型畜産の構築のために」
産業動物と私たち人間の生活は、切っても切れない密接な関係にありますが、普段、畜産について一般市民が思いを寄せることはほとんどありません。スーパーに行けばお肉や牛乳、卵が手に入ることが当たり前の生活になっていますが、災害が起きた時の対応はどうなっているのでしょうか。災害に強い日本型畜産の構築をテーマに、4名の演者の方が発表を行なって下さいました。
大型動物である家畜の飼育には、私たちの知らない多くの苦労が日常的に行なわれています。例えば、牛1頭の糞尿は人間100人分に相当し、出荷前の牛は700kgにもなります。災害時ともなれば、家畜たちも興奮しており、取り扱う側にも命の危険が伴います。それらを安全に被災地から移動させるためには、専用のトラックと技術者が必要になり、1台のトラックには、12頭ほどしか乗れません。トラックがあっても、災害時はガソリンが手に入らず、その移動には、私達が考えもつかない困難が伴います。家畜改良センターは、通常は、家畜改良や有料種畜、飼料作物種苗の生産・供給などを行っておられますが、その家畜関連知識と技術の高さを災害時に提供できるように外部支援の仕組みをお持ちです。東日本大震災の際には、12,000頭の移動に尽力されました。その他、新燃岳噴火の際には、家畜の移動だけでなく、火山灰により畜舎が崩壊するのを防ぐために灰の除去を行われたりと、災害の度に日本の畜産を守るために貢献されています。また、家畜の配合飼料のほとんどは海外からの輸入に頼っているのが現状です。そのため、沿岸部に備蓄の施設が多く、東日本大震災でも主要な施設が大きな被害を受け、被害のない地域から迅速に供給していかねばなりませんでした。こういった危機対応のため、飼料の国産化も大きな課題となっており、この分野については、協同組合日本飼料工業会が取り組んでおられます。更に、鳥インフルエンザなど、家畜伝染病への対応も大きな課題ですが、例えば兵庫県では、国や自治体、自衛隊、警察などの他にも、バス協会、建設業協会、造園建設業協会等も、防疫協力体制に参加しておられ、危機対応には幅広い連携が必要なのだと改めて感じました。
伴侶(家庭)動物については、家族の一員は自身で守るということで、同行避難が原則になりました。これは、飼い主責任をより強く求められているということでもあります。経済動物である産業動物は、事業主が全ての責任を負う原則で、共済制度などもあります。その災害対応は、その危機を乗り越え、畜産事業を健全に継続することが目標です。そしてそれは、私達の食の危機管理でもあります。
会場では、家畜についての知識・技術については、例えば大学農場などにもあり、今後は、そのような連携構築も考えられるのではないかという意見もあり、UCデービス校からの参加者からは、シンポジウム5での同大学の取り組みも案内されました。
日本の畜産業の課題にも目を向け、産官学民の連携の可能性を、もっと考えていかねばならないと感じました。