第83回 日本獣医史学会研究発表会報告

 すっきりとはしない薄曇りの天気ではありましたが、平成29年4月22日の土曜日に第83回日本獣医史学会研究発表会が東京大学農学部フードサイエンス棟で開催されました。

 この日の演題は4題で、それぞれ質問時間も含めて1題あたり50分という設定のため、じっくりと演者の先生方のお話を聞くことができました。

川西氏 まず初めの演題は「日本由来の痘そうワクチンにより米国で発生した口蹄疫についての一考察」(演者:川西康夫氏)です。20世紀の初めに日本で造られた天然痘ワクチン(痘苗)に口蹄疫ウイルスが潜んでいたために、輸入した米国東北部で口蹄疫が発生した可能性について考察しています。当時の詳細な記録は日米ともに残っていませんが、川西氏が調べたところ、当時口蹄疫が流行していた東京近郊で造られた痘苗を米国の製薬会社が輸入したものであることがわかりました。20世紀初頭といえばまだ明治時代。日本では西欧から近代文明を取り入れている途中です。一見すると日本のワクチン製造技術の問題のようにも思えますが、実は米国よりも進んだ細菌学的技術を持っていたために米国にワクチンを輸出していたという事実に驚かされました。

栗本氏 2題目は「日本の食品安全行政の歴史」(演者:栗本まさ子氏)です。食品安全基本法の制定により、リスク分析の導入へと繋がり、リスク評価、リスク管理、リスク分析が独立して実施できる体制構築の経緯をご自身の経験も踏まえて解りやすく解説してくれました。演者の栗本氏をはじめ、衛生行政の分野で多くの女性が活躍していることも紹介され、今後の女性獣医師がますます活動の場を広げていくことに期待をしていきたいと思います。

 3題目は「ウナギ食文化の歴史」(演者:八木信行氏)です。近年では絶滅も危惧され値段が高騰したため、すっかり庶民には高嶺の花というイメージになったウナギ。ウナギが夏バテに効くとされたのは古くは奈良時代にも遡るという話や、土用の丑の日にウナギを食べる習慣が江戸時代に広まっても、やはり贅沢品であったことなどの歴史が紹介されました。贅沢と思う一方で、1990年以降は大衆化も進み食卓でも良く見かけるようになってきたウナギ。消費者への意識調査の結果からは、単なる資源問題という観点からだけではなく、文化的価値や消費動向などからもウナギ食を考えていかなくてはならないことが伝わってきました。

 4題目は「「仲国秘伝集」にみる馬治療」(演者:伊藤一美氏)です。今回の発表では、伊藤氏所蔵の「仲国秘伝集」の実物が回覧され、実際に手に取って見ることができたのは驚きでした。推定でも戦国末期から近世初頭の作ですので、実に400年以上前の貴重な本ということになります。馬の医学書ですので、馬の様々な症状とその治療について、特に薬の処方について記載がありますが、伊藤氏は細かく、そしてわかりやすく解説をしてくれました。その中には「犬の頭の黒焼き」のように薬に使うものとして現在ではびっくりするようなものもいくつか記載されていました。一体どうしてそんなものを薬に使うのかと不思議にも思えますが、それらを紐解いていくのも歴史学の楽しさの一つなのだと思います。

 研究発表会が終了するころには雨も降りだして肌寒い天気になっていましたが、その後の懇親会でも参加者の皆様がさまざまな話題で大いに盛り上がり、第83回研究発表会と懇親会も盛況のうちに幕を閉じました。

 

(文責:佐々木典康、日本獣医史学会・理事)