「日本ペットサミットの第4回定例会」の報告

「日本ペットサミットの第4回定例会」の報告

 

 この度、10月6日(木)に東京大学にて開催された日本ペットサミットの第4回定例会に参加してまいりました。

 今回は「ヒトとの共生を可能にするイヌの特殊な進化」というテーマで麻布大学の教授である菊水健史先生を講師として招き「なぜヒトとイヌは共生することができるのか」について、イヌの認知科学と進化学の視点から大変興味深い研究内容結果を元に議論する会となりました。

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 まず最初に興味深かったのが、ヒトとイヌが共生できる背景には「収斂進化(しゅうれんしんか)」という進化過程が影響しているという事です。
 『「収斂進化」とは「複数の異なるグループの生物が、同様の生態的地位(ニッチ)で暮らすことによって、進化の系統樹に関わらず身体的特徴や能力が似てくる現象をいいます。(参考:Wikipedia)』異なる種類の生物(例えばイルカとマグロ、ムササビとモモンガといったもの)が、生きていく中で同じ環境にいると同様の進化を遂げていく現象ということでした。

 さて、全く異なる生物であるイヌとヒトですが、どういった点において収斂進化に関係性するのかという点についてですが、様々な実験を通してイヌは「ヒトが今どのような状況で、何をしてほしいのか」という事をヒトの視線や動作から読み取ることができるということが判明しました。

 「それぐらい他の生き物でもできることなのではないか?」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、ヒトに抱きついてじゃれるぐらい人間に慣れているオオカミとイヌで、2つのカップの中のどちらかに餌を入れて、人間が指差しで正解を教える、という実験を行った結果、なんとイヌはほとんど100%指を指した方を選択できるのですが、オオカミはほとんどその正解を導き出すことができなかったそうです。なぜならオオカミはヒトを見ないからです。

 また、オリに入った餌を取る実験を同じようにオオカミとイヌで実施した結果、オオカミはひたすらに自分で餌を取ろうと頑張るのですが、イヌはある程度トライしてみた時に無理だと判断した場合には、近くにいるヒトに助けを求める行動を取りました。
 イヌは環境と何らかのかかわりを持つときに、ヒトを重要な情報源としています。ヒトが指をさした方向に従いますし、自分ができないことがあれば視線を利用してヒトを動かそうとするわけです。イヌのこのような能力は進化の過程で獲得されたのだろうと考えられています。つまりはイヌにとってヒトとのコミュニケーションが非常に重要だということをあらわしているのです。

 しかし、イヌはヒトのことを理解できるようになり共生が可能になったわけではありません。進化の過程から考えると、ヒトと一緒に暮らすことによって収斂進化し、ヒトとのコミュニケーション能力を獲得してきたのです。つまり、イヌはヒトと暮らし始める前に、オオカミと系統樹が分かれる理由となった社会的寛容性(他者の存在を受け入れる,野生動物にはできない)という特徴を持っていたことになります。
 社会的寛容性が上がり他者の存在を受け入れるようになったイヌは、それと共に見知らぬ他者に対する攻撃性や恐怖心が低下するようになりました。
 現在、オオカミとイヌにおいて、社会的寛容性や攻撃性、恐怖などについてのテストを行っても、両者の間には明瞭な違いが出てくるそうです。つまりオオカミは怖がりで、不安が高くて森に残ったのです。一方、イヌは社会的寛容性も高く草原に出てきたと考えられています。
 そして社会的寛容性の上昇は、ヒトとチンパンジーを分かつことにもなった能力なのだともいいます。チンパンジーは社会的寛容性が低い生物です。見知らぬ群れがやってくれば殺します。ヒトとチンパンジーを分かつ点と、イヌとオオカミを分かつ点では、非常に似た変化が起こっていただろうことが示唆されています。ヒトは草原に出ましたが、チンパンジーは森に残ったのです。そうして草原に出てきたヒトとイヌが偶然出会うことになります。それがいつ、どこで起こったかは分かりません。しかし、出会った時点ではお互いに社会的寛容性が上がってきていましたから、お互いにそばにいることが出来たのです。

 どのようにして距離が近くなっていったのかは分かりませんが、お互いに“まあいいや”でそばにいたことによって共同生活が始まるわけです。そうして、狩猟採集の移動生活を共にすることになります。生活を共にしている間に、イヌはヒトとコミュニケーションをとるための高い認知能力を獲得することができました。お互いが阿吽の呼吸で生きていくだけではなく、情緒的なつながりも生まれてきたのです。視線を介して、まるで家族のような関係性が作れるようなメカニズムまで発達させてきた、ということが分かったわけです。

 

 驚いたのは、視線や動作からヒトの行動や考えを読み取る能力という点では、限りなくヒトに近いと言われているチンパンジーよりイヌのほうが優れているという実験結果も出ているということでした(公演時には実際の動画も拝見させて頂きました)。
 このことは、人類進化学の研究者にとっては非常に驚く結果でした。なぜなら、チンパンジーにはできないことだからです。彼らはこれができるのはヒトだけだとずっと信じていました。この研究を起点に、イヌがヒトとはコミュニケーションをどのように成り立たせているのかということについての研究が広がっていきました。

 こういったコミュニケーションの他に、イヌは異なる種族の行動から模倣学習(模範的行動を見て学習し、その模範と同じ行動を取れること)をすることができるという点においても能力が長けている他、ヒトのあくびがイヌにうつるなどヒトの行動がイヌに大きな影響を与えるということが研究からわかっているそうです。

 さらに驚きだったのは、イヌは複数のヒトの行動(やりとり)を観察することで第三者評価をすることができるという点です。
 こんな経験をしたことはないでしょうか。ある日自宅で家族や友人と一緒にいる時に、誰かが一人を責め立てたりすると、イヌはその空気を読み取って責められたヒトを慰めたり、責めているヒトに対して唸ったり、なつかなくなったり。
 そういった行動の背景には、イヌが状況把握能力を持っているからだということでした。つまり、ヒトがイヌに直接褒めたり怒ったりするなどしなくてもイヌはよく観察してヒトそれぞれの性格や関係性を理解しているのです。

 その他にも様々な研究結果をご紹介頂いたのですがどれも興味深く、見に覚えのあることだったので、話を聞きながら共感しつつ反省してしまいました。

 

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菊水健史先生(麻布大学 獣医学部 動物応用科学科 伴侶動物学研究室 教授)

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J-PETS 西村亮平会長(東京大学大学院教授 農学生命科学研究科獣医外科学教室)

 講演中盤〜後半にかけては、イヌとヒトとの間における「絆」についてや、よい関係性を築くことで発生する幸せホルモン「オキシトシン」についての話をしていただきました。
 昨今ペット業界でも話題の「オキシトシン」ですが、基本的には異種生物の間で分泌するものではないそうです。しかし、イヌは異種生物との間でオキシトシンの分泌が見られるようで、ヒトという異種と共に生活してきた歴史が関係しているのではないかと。

 また、イヌとの関係から相互にオキシトシンによる「ポジティブ(正の)ループ」を回すためには実はイヌ側でオキシトシンを分泌させ、飼い主を信頼し、見つめることが大切、という話がありました。つまり、ヒトが自発的に関与するのではなく、イヌ側がヒトに頼る(見つめる)ことで相互にオキシトシン濃度を上昇させることができるということでした。つまり、オキシトシンと視線を介したポジティブループは、イヌに特異的なものであるといえます。

  私がここで正確に説明する自身が無いので詳しくは以下URLより先生の研究結果をご参照下さい。

http://first.lifesciencedb.jp/archives/10063

 ここで書ききれないほど興味深いお話ばかりの時間でした。

 お話を聞いて感じたことは、ヒトとイヌは遺伝的には相当離れていますが、身体的特徴として脳の働きが似通ってきただろうと考えることができるわけです。共生してきたからこそイヌはこのような能力を獲得し、獲得したことによってヒトとイヌは共生が可能になったということになります。
 こういった研究結果をもっと多くの方に知ってもらい、イヌとのコミュニケーションの仕方、しつけの仕方、イヌの前で見せるヒト同士の姿などを変えていくことで、よりイヌとヒトとのほんとうの意味での共生が実現するのかもしれませんね。

Knots正会員・小早川 斉