奈良県「いのちの教育」研修会(RSPCAのポール・リトルフェアー氏と考える「いのちの教育」研修会) 報告

「いのちの教育」研修会(RSPCAのポール・リトルフェアー氏と考える「いのちの教育」研修会) 報告

 

開催日:2014年8月18日(月)
場 所:奈良県うだ・アニマルパーク動物学習館

 

 奈良県では、平成24年4月より、県民への地域振興を目的とした奈良県うだ・アニマルパーク振興室が設置され、その中に、動物のいのちを通して子どもたちに「いのちの大切さと共感」を伝えるヒューメイン・エデュケーションを実施するための新たな係が設けられました。昨年、「動物愛護・ふれあい係」という名称になったこの部署では、奈良県が独自に企画開発を行った「いのちの教育プログラム」を柱に、連携協定を結んでいる公益社団法人Knotsと相互協力をしながら、子どもたちの学校教育のみならず、日本全国の動物行政の職員や教育関係者への公開講座や研修会などを行っています。

 この「いのちの教育」研修会では、午前中に県下の教職員向けに奈良県立教育研究所主催の生活科における命を考える研修講座が行われ、午後からは英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)の国際部門のトップであるポール・リトルフェアー氏の研修会が開催されました。

 

 

「体験しよう!動物飼育から命を考える生活科研修講座」

 

時間:9:30〜12:00
主催:奈良県立教育研究所/奈良県うだ・アニマルパーク振興室

 

 奈良県立教育研究所は、教育に関する調査研究や、教育関係職員に対して研修を行うことを目的とした機関です。奈良県では、聖徳太子の時代から人作りに力を注いで来た歴史的な文化背景がありますが、「いのち」に対する実感を持つことができない子どもたちが増えているという昨今の現状に対して、県として教育の現場で取り組まなければいけないという方針を打ち出そうとしています。多くの小学校では、こうした「いのち」に対する教育を行おうと様々な工夫が成されていますが、今回は、小学校の生活科における授業づくりのポイントや、学校での動物飼育の在り方について理解を深めるために講座が開設され、午前中の講座では奈良県下の小学校、幼稚園、そして特別支援学校の教職員約20名が参加しました。

 

 午前中の第一部として、奈良県立教育研究所の研究指導主事より、生活科の授業づくりのポイントの講義が行われました。

 生活科の目標は、「具体的な活動や体験を通して、(中略)自立への基礎を養う」という文言が掲げられており、「自ら体験する」そして「気付く」ということの大切さが定義されています。その「気付き」の中には、「自覚された気付き」「関連づけられた気付き」「自分自身への気付き」と3つのステップがあり、その過程を教師がきちんと理解しておくことが重要であると語られました。その上で、「学習上の自立」「生活上の自立」「精神的な自立」ということにつなげ、自分自身の成長を促します。

 教師の学習指導の進め方として重要なことは、「振り返り」「交流する」「試行錯誤」「多様性の尊重」の視点が大切であるとされています。特に「振り返り」の学習に対しては、体験の中に意図的に振り返りの機会を作り、自ら考えるということの重要性を強調していました。

 この研修会は本来教職員向けの研修でしたが、午後からの研修会のために来日して下さったRSPCAのポール・リトルフェアー先生のたっての願いで、一緒に受講させて頂きました。隣に座った通訳の声に、熱心に耳を傾けておられる姿が印象的でした。

 

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 次に第二部は3つのグループに分かれて、奈良県うだ・アニマルパーク振興室動物愛護・ふれあい係で実施されている「いのちの教育プログラム」の模擬授業、パーク内の見学、パークの施設概要説明と動物愛護センターの施設見学が行われました。

 「いのちの教育プログラム」の模擬授業では、実際に現在奈良県が行っている授業内容を、参加した教育関係者を子どもたちに見立てて授業が行われました。小学生の授業では大型の張り子が使用されていますが、この日の研修では小型の簡易版張り子と、現在企画開発中の中高生用プログラムを組み合わせた内容が実施されました。

 まずは、無作為に配られた動物の張り子を、「住宅街」「牧場」「自然」の3つのエリアに分けられたボードの上に、それぞれが暮らしていると思われる場所に配置してもらいます。犬や猫は「住宅街」、ウシやブタは「牧場」、クマやキツネは「自然」というように配置されましたが、さてインコやウサギは、「住宅街」か「自然」かどちらでしょう?意見が分かれました。しかし、このプログラムでは、正しいひとつの答えを導き出すことが目的ではありません。子どもたちが自発的に考え、そして皆で話し合って自らが気付くということが大切なのです。ですから、ペットとして飼われているウサギも正解ですし、野生動物としてのウサギも正解です。

 そして、カードを引いて選んだ動物が幸せに暮らせるために、人間がどのような責任を果たせば良いのかを書き込んでもらいます。書き込んだ項目は、RSPCAが動物福祉の基本的指標として掲げている「5つの自由(5 Freedoms)」の項目に分けて考えてみます。そうすると、動物が幸せに生きていくために必要なことと、人間が幸せに生きるために必要なことは同じであることが分かります。奈良県の「いのちの教育プログラム」は、このような参加型の学習体験を積み重ねることによって、子どもたちが「いのち」の大切さに自ら気付くということを目的としたプログラムなのです。

 

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 パークの見学チームは、広大な敷地の中で飼育されているヤギ&ヒツジ舎やウサギなどの小動物舎の見学をしました。引率の担当職員からは、教育現場で動物を飼育するにあたって注意すべき点などが説明され、大人が動物を適切に扱っている姿を見せてこそ、初めてプラスの生きた教育になるということが伝えられました。また、動物に我慢を強いない飼育方法や、動物を触った後の手洗いを徹底することで、人間と動物の両方を守ることができるというレクチャーも行われました。実際に学校でウサギやニワトリなどの飼育動物を飼っている職員は、熱心にそれらの話に耳を傾けていました。

 

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 施設見学チームは、まずこの奈良県うだ・アニマルパークという施設概要の説明を受け、動物愛護センターの見学に向かいました。動物愛護センターという名称は一般市民にもかなり浸透してきましたが、その多くは「飼えなくなった動物の新しい飼い主を探す場所」としての役割についての認識がほとんどではないでしょうか。しかし実際には、引き取りをした動物がセンターで命を終わらせる場合もあるという現実があります。おそらく、参加した教育関係者の皆さんにとって、収容棟内部の見学は初めてだったと思われます。同行して下さったリトルフェアー先生によると、世界中のたくさんのシェルターを見学して来たが、この施設は世界一と言っても良いという言葉を頂きました。衛生面でも、ハードもソフトも全て素晴らしいとのことでした。数年前からずっとこの収容棟の管理を任されている職員の努力を見続けて来た我々も、その言葉を聞いて胸が熱くなりました。

 

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 このように、教育プログラム、動物の飼育管理、行政としてのシェルターワークを総合的に知ることにより、なぜ動物愛護センターが「いのちの教育」に取り組んでいるのかということを実感して頂くことができます。そういう意味では、それら全ての要素が集約されている奈良県うだ・アニマルパークは、教育に携わる人々にとって最適な学びの場と言えるでしょう。

 

 

 

 

RSPCAのポール・リトルフェアー氏と考える「いのちの教育」研修会

 

時間:13:00〜16:00
主催:奈良県うだ・アニマルパーク振興室
共催:奈良県教育委員会/公益社団法人 Knots(協定締結団体)

 

 午後からの研修会は、世界最大の動物福祉を推進する団体・英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)で国際プログラムのシニアマネージャーとして、主にアジア地域で動物福祉教育のプロジェクトを実施しているポール・リトルフェアー先生をお招きして、研修会を行って頂きました。この日の講義は、本来ならば3、4日かけて行う研修プログラムを3時間に凝縮して紹介して下さる特別プログラムです。そのため、午前中の教職員の他にも、日本全国から動物福祉活動に関心の高い動物行政関係者や一般市民が参加し、会場は満席となりました。

 

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 RSPCAは、1824年に創立された非営利団体ですが、現在の社員の総数約1,600名。そして、2013年度の総収入は208億円という巨大な組織ですが、それらの活動費は全て寄附でまかなわれています。19世紀の英国ビクトリア時代の改革として、1819年の児童労働の禁止、’22年の動物虐待に関する法律の制定、’33年の奴隷廃止法など、動物の福祉を守ることは、子どもたちを守り、そして奴隷を解放する運動とも密接にリンクしていました。そうした人道的な基本理念の元に、動物の「苦痛」を科学的に測定し、不必要な「苦痛」から動物を守るための動物福祉法の基準を確立するための活動を行ってきたのです。

 そのためには、まず「動物福祉」という言葉の基本コンセプトが重要となります。人間が引き起こす動物の苦痛には、故意的虐待と世話の欠落(ネグレクト)による虐待に分類されますが、虐待が定義されるいずれの場合も、その動物が心身共に健康であり、その動物の特性が尊重された環境が維持されているかということが判断基準となります。

 しかし、人間の価値基準は、個々人によって大きな差があります。その違いを実感するために、とても興味深い質問が行われました。人間と動物の関わりに於いて、様々な場面の写真やイラストを見せながら、参加者に「適性な活用」「不適正な活用」「虐待」のどの区分に振分けられるかを判断してもらいました。まずは動物園にいるパンダの写真です。多くの人は「適性」、または「不適正」に手を挙げました。サーカスで2本足で立たされているゾウはどうでしょう?ほとんどの人は「虐待」に手を挙げました。では、競馬や釣り、水族館で大型のサメを展示することはどうでしょう?ここでは、見解が大きく分かれました。今日の研修会に参加をした人は、動物の命について関心が高い人たちばかりですが、それでもこのように「虐待」に対する認識が違っているということが分かります。そのために、「虐待」という定義に対しては、科学的な根拠が必要になってくるのです。

 

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 そして、日本の動物福祉ではあまり例に出されることがない、昆虫の「いのち」についても質問がありました。ハエやハチ、クモなどの昆虫に対しては、多くの参加者がネガティブなイメージを持っています。しかし、チョウに対しては、ほぼ良いイメージです。この感情は一体どこから来るのでしょうか?私たちは、子どもの頃からハチが嫌いだったのでしょうか?ハチは刺すということを知識と知っていますが、実際に刺された実体験がある子どもはどれぐらいいるでしょう?これらの反応は、子どもたちのこれまでの実体験と共に、大人の反応を学ぶことによって植え付けられていくのです。このことからも分かるように、私たち大人が教えることや無意識に伝えている価値観は、子どもたちにとって大きな影響を与えるということを認識する必要があるということです。

 

 RSPCAでは、動物福祉教育のカリキュラムとして「自然の美しさを尊ぶ」「動物のニーズ」「責任」「命への尊厳」「共感」「優しさ・思いやり」「虐待防止」「活動的な市民」という項目を挙げていますが、この中に「動物」という言葉は一度しか出て来ません。ここからも分かるように、動物福祉教育とは全ての教育の価値と結びついており、人間育成のために教えなければならないことと合致して繋がっているのです。

 こうした基本原則を元に、動物福祉教育の実践が行われます。RSPCAの動物に対する考え方は一貫しています。基本的には、生きた動物を教室に連れて来ることは避けています。そして、観察をする対象である生き物が野生動物であろうと昆虫であろうと、それらの生き物が、自然の中で固有の尊厳と独自の美しさを保った姿を観察させるということです。そして、子どもが本来持っている「Sensitive Sience(感受性の科学)」を育て、大人が体験したことを伝えるのではなく、子どもが自ら体験したことをスターティングポイントとする教育方法です。

 

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 リトルフェアー先生の講演後、会場からの質問の時間が設けられました。RSPCAでは、基本的に教室に動物を連れて行くことや学校飼育動物には反対の考えを持っていますが、質問では、実際に生きた動物に子どもたちが接したときの目の輝きを大切にしたいという意見も聞かれました。日本の教育や愛護教育の現場でも、多くの関係者が質問をしたかった内容と言えるでしょう。リトルフェアー先生は、RSPCAとしてそういった教育方法を完全に否定する訳ではなく、議論を重ねて行くことによって、それぞれの国や文化の中で最適な方法を見つけ出して行くことが大切であると締めくくり、この議論をするために後2日ほど語り合いたいと言っておられました。実際、彼はこれまでに、多くの国でその国の歴史や文化に合った教育方法を実施し、多くの成果を挙げてこられたのです。

 

 研修会の後に、パーク内のテラスハウスでささやかながら希望者による、リトルフェアー先生の歓迎会と懇親会が開催されました。行政の施設内なので、ノンアルコールとジュースによる乾杯となりましたが、動物福祉に関心が高い参加者同士、奈良県特産の料理を片手に会話が途切れることはなく、有意義な時間を過ごすことができました。

 

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 午前中から丸一日となる中身の濃い研修会となりましたが、教育委員会が掲げている生活科の目標と、奈良県うだ・アニマルパーク振興室が推進している「いのちの教育プログラム」で重点を置いている「体験」や「気付き」、そして「振り返りの大切さ」などの理念は、同じところにあるのではないかと感じました。実際、奈良県では、「いのちの教育」研究協議会を設置し、奈良県教育委員会との連携の下、「いのちの教育プログラム」の推進とその構築への研究に取り組んでいます。

 そして更に、リトルフェアー先生の研修会で語られたRSPCAの動物福祉教育の内容でも、「共感」ということが大きなポイントとして挙げられており、私たち人間は、共感することによって相手の立場に立ち、他者の気持ちを想像して理解することができると語られました。

 子どもたちは、生きている生命に対して本能的に大きな関心を寄せます。しかし、その「いのち」に対して尊いものであるという認識を持って育つのか、共感できないものとして育つのかは、私たち大人の姿と今後の教育にかかっていることでしょう。未来の地球を担う子どもたちが、地球上に生きる生命の美しさを実感し、互いの関わり合いに感謝しながら生きることができるように、「いのちの教育」の重要性が問われているのではないでしょうか。