りぶ・らぶ・あにまるずシンポジウム2013 「PTSDとアニマルセラピー~その可能性を探る」-アローン・ワッサーマン氏をお招きして- 報告

 

 

live2013sympo

-報告-

 

■日時: 2013年6月23日(日)
■場所: 兵庫県民会館 福の間
■主催: ヒトと動物の関係学会総合的セラピー研究会公益社団法人Knots
■協賛: ネスレ-nestle-png
■協力: 兵庫教育大学
■後援: 外務省イスラエル大使館兵庫県神戸市兵庫県医師会神戸市医師会兵庫県獣医師会
神戸市獣医師会/日本動物高度医療センター

 「PTSDとアニマルセラピー~その可能性を探る」と題された今回の「りぶ・らぶ・あにまるずシンポジウム2013」では、イスラエルのテルアビブでPTSDの治療と研究を行われている心理療法士アローン・ワッサーマン氏を神戸にお迎えして開催致しました。神戸は、阪神淡路大震災後のトラウマ治療を国内で先進的に行って来た都市として知られていますが、このシンポジウムは過去に大きな出来事や災害を経験した仙台、東京、神戸、広島で開催され、各地で大きな反響を呼ぶこととなりました。
 そして、この神戸の地で性的虐待を受けた男性の治療を専門に行っている「カウンセリングオフィスPomu」主宰の山口修喜氏からは「男性サバイバーとのドッグセラピー 」、兵庫教育大学 人間発達教育専攻 臨床心理学コース准教授の海野干畝子氏からは「被虐待児への動物介在療法(ドッグプログラム)」についてのご講演を頂きました。
 PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、命の危機にさらされたり、受け入れがたい衝撃的な出来事によってもたらされる心的な障害のことで、事件・事故、災害、戦争などをはじめ、レイプや殺人などの犯罪に巻き込まれた場合に多く見られる症状です。
 当日は、あいにくの雨模様の中、北海道や東京を始め、日本全国から動物関係者や医療関係者以外にも、行政関係者や一般の方などの多数の参加者があり、現代の日本の社会の中で、PTSDと動物を介在した医療の分野に大きな注目が集まっていることをうかがい知ることができました。

 

 

 まず最初に、今回のコーディネート役である帝京科学大学生命環境学部アニマルサイエンス学科准教授であり精神科医の横山章光氏からご挨拶がありました。横山氏は今回のシンポジウムの開催に先立ち、昨年、イスラエルでのPTSDとアニマルセラピーの現状をリサーチしに行かれ、その取り組みの内容について大いに驚かされたと語りました。これまでの国内のシンポジウムでは、PTSDだけ、もしくはアニマルセラピーだけという内容がほとんどでしたが、今回のようにその両方を同時に報告し、しかもヨーロッパやアメリカ圏ではないイスラエルでの取り組みを紹介する、非常に珍しいシンポジウムです。

 

 

 

  横山氏の挨拶の後、カナダのサイモンフレイザー大学で心理学を学び、同大学で修士号を取得された山口氏の講演となりましたが、重たい性被害の話の間に、オフィスで共に治療の手助けをしている3匹の犬の写真を交えたり柔和な話口調で会場をリラックスさせたりしながら、性被害を受けた男性についての話や、その治療に犬が介在することの意味と効果をお伝え下さいました。カナダのバンクーバーは日本の京都府と同じぐらいの規模の都市ですが、そこの「BC Society for Male Survivours of Sexual Abuse(性被害を受けた男性の支援センター)」という性被害者の男性サバイバー専門の治療施設に市が数億円規模の助成金を出して運営しており、こうしたことからも被害者に対しての公的機関の取り組み姿勢を伺い知ることができます。
 PTSDの患者の多くは、トラウマの元となった記憶のフラッシュバックなどの過覚醒と心の感覚を遮断してしまう解離を繰り返し、現実に今ここに生きているという感覚を持つことが困難な状態にあります。そのときに、犬のアクションや表情によって、患者自身が自分の状態に自ら気付くということが、非常に重要なファクターになってくるそうです。

  

 

 引き続き、ワッサーマン氏の講演となりますが、のぞみ療育グループ代表の津田望氏が通訳を担当してくださり、とてもユーモアの溢れる人柄と的確な翻訳で会場の雰囲気をリラックスさせて下さいました。彼のクリニックには2頭の犬と1匹の猫がいて、その動物たちと共にPTSD患者の治療にあたっておられます。ワッサーマン氏はとても穏やかな雰囲気で静かな話口調ですが、話の内容そのものは現代のイスラエルの社会情勢を反映した非常に厳しいもので、バスの中でテロリストの爆弾が爆発し、その後、バスに乗ることができなくなってしまった患者のケースなど、日本の社会情勢とは随分違う中で被害を受けた患者を看ておられることを知ることができました。

 

 

 

 

 今回の東日本大震災のような地震や津波などの天災も、何の予兆もなく一般の方が突然衝撃的な出来事に巻き込まれてしまいます。このような場合にもPTSDを発症する可能性が高く、専門的な治療が必要になってきます。家族との死別はもちろんのこと、共に生活をしてきた動物たちと離ればなれになってしまうことも、飼い主にとって非常に大きなストレスとなり生きる力を奪われてしまうことに繋がります。
 動物を介在させたPTSD治療の話の中で特に印象に残ったのは、人間の攻撃によって人間が心を傷つけられた場合、その心の扉を開くのは動物にしかできないということ。そして、人間同士の診察では、患者がシリアスな話を告白しているときに心理士は真剣に耳を傾けたり同調することはできますが、動物たちのように話の中でちょっとあくびをしたり寝そべってみたりというブレイクを与えることはできません。動物が安心してくつろいでいる姿を見ることによって、ふっと肩の力を抜いて自分自身の姿を見つめ直す切っ掛けを得たり、自分もこのように安心した状態になりたいという思いを、言葉以外の方法で患者に伝えてくれるのです。また、人間同士の診察では、身体的に触れ合うという治療方法を行うことはできませんが、悲しみの中にいる患者のそばに寄り添い肌を寄せ合ってくれる動物からは、お互いに通じ合うという感覚を患者に思い起こさせます。このような生きたコミュニケーションは、遮断された患者の心の中に多くの感情をもたらし、信頼と安心を取り戻す切っ掛けを与えてくれるのです。このことは、前述の緊急災害時にも、飼い主の為だけでなく、被災動物が人間と一緒に安全に避難出来ることが、その他の被災者にとっても、PTSDの発症の予防に繋がるというお話の裏付けにもなります。緊急災害時の同行避難の在り方が課題となっていますが、被災者全体の心の健康に取っての動物の存在の大きさも考慮に入れる必要があると思います。この時点から、心の復興を始めることが出来る可能性があるのです。

 

 

 休憩を挟んだ後半では、3つのケースを紹介しながら犬が治療の中で果たす役割を説明して下さいました。ひとつ目は、父親を亡くした子どもが父の死を受け入れることができずに、心に大きな傷を負ってしまったケースです。 最初はワッサーマン氏にはまったく心を開かず、治療に立ち会っていた犬の話にしか興味を示さなかった子どもに対して、診察に犬を連れて来なくなったときに、その犬がいないことの寂しさを語らせるという治療法でした。自分にとっての大切な存在がいなくなるということを認識させることにより、父がいない寂しさを語らせる切っ掛けを与えるのです。 もうひとつのケースでは、テロに巻き込まれた男性が銃撃され、逆に落ちていた拳銃でテロリストを撃ち殺したことによるトラウマです。心の葛藤を抱えて患者は涙を流し続けていますが、その反面、その苦しみから抜け出すためのブレイクの瞬間を患者自身が求めているのです。その切っ掛けを、犬はそばにすり寄って来たり、ぺろっと舐めてくれたりすることによって、苦悩の連鎖を断ち切ってくれる場合があるということです。 3つ目のケースも成人男性ですが、いずれの場合も犬は常にシリアスな雰囲気ではなく、悲しみや苦悩の中にいても、犬のちょっとしたしぐさによって開放感を得ることができたり、治療者と犬との関係の中に信頼や安心を見出したりすることが、トラウマに向き合う大きな一歩となるのです。

 

 

 

 次に、海野氏からは被虐待児童への動物介在療法として、ドッグプログラムの紹介がありました。
 被虐待児童は、人間との皮膚接触によって過去の出来事のフラッシュバックを起こす可能性がありますが、犬との接触はフカフカした柔らかさの中に安心感を思い起こさせ、健全な接触や愛情形成の感覚を蘇生させることができます。また、自分自身の感情を表現することができない子どもにとっても、犬の表情カードの中に、自分の今の気持ちと同じ表情をしている犬のカードを見つけることにより、その気持ちを間接的に表現することができたりするのです。そうしてその子どもが共感できる存在が見つかれば、その犬と一緒に幼少時代のことを振り返ったり、その犬との暮らしを想像してみたりすることも可能になります。犬の存在によってその子どもが自己を投影しつつ、過去の不快な記憶を塗り替えて統合していくことができるようになるプログラムです。
 こうした治療について、CDC(子どもの解離症状チェックリスト)の値が犬を介在させるグループとそうでないグループでは明らかな差が生じ、データ的にもその有益制が証明されていて、今後、ますますその重要性に注目が集まることでしょう。

 

 

 

 

 後半のパネルディスカッションでは、横山氏が座長となってディスカッションを行いましたが、横山氏自身がこの日のシンポジウムの内容について大いに感銘を受けたとのことで、ホワイトボードを使いながらPTSDとアニマルセラピーについて熱く語っておられたのが印象的でした。
 これまでの行動療法では患者を「導く」というスタンスでの治療であったのが、動物を介在させた治療では、患者が治療者と犬との関係性を見ることによって治療の補助となり、自らの「気づき」によって心の扉を開けるという大きな違いがあります。動物は、人間が開けることのできない心の扉を、唯一開けることができる存在であるということが、動物を使ったPTSDの治療にとって大きなポイントとなる部分なのです。
 途中、イスラエルの老人ホームや依存症患者の施設、精神病院、知的障害者の施設などでの動物との関わりの写真を紹介しながら、私たちがテレビなどでしか知ることのないイスラエルの別の一面を伝えてくれました。

 

 

 

 

 そして最後に、東京から駆けつけて下さった赤坂動物病院院長であり、日本におけるCAPP(社会活動コンパニオンアニマルパートナーシッププログラム)活動の第一人者である柴内裕子氏からご挨拶を頂き、終了となりました。

  

 

 

 最後に、主催者であり、本日の司会を務めさせて頂いた公益社団法人Knots理事長の冨永より皆さまに感謝の言葉が述べられましたが、人と動物との関わりについて熱意をもって取り組んで来たノッツの活動の中で、「犬は人が開けることができない心の扉を開けることができる存在である」というこの日のテーマは、主催者としてもとても感慨深いものがあったようです。これ迄、青少年の更生プログラム、READ DOG, 発達障害児の療育等、犬と共に取り組んでおられる先生方のシンポジウムを開催する度に、同じキーワードを頂いていたからです。そして、東日本大震災での飼い主さん支援から始まったプロジェクト「ずっと一緒に居ようよ」の取り組みに対しても、「飼い主と動物をを引き離してはいけないことの重要性意を改めて感じたようです。

 14時から18時半を過ぎる長時間のシンポジウムとなりましたが、非常に内容の濃い充実した時間となり、参加した皆さまが熱心にメモをとりながら耳を傾けている姿が印象的でした。こうした研究や報告の成果が日本国内でも広く取り上げられ、事件・事故、災害や犯罪によって苦しんでいる方が本来の自分の姿を取り戻す一助となれば嬉しく思います。
 イスラエルからお越し下さったワッサーマン氏を始め、ご講演下さった山口氏、海野氏、そして関係者の皆さま、ご来場下さった皆さまに心より御礼を申し上げます。

sinpo2013