ワークショップⅤ「アニマルケア・動物病院及び看護職の果たす役割」

座長メッセージ

太田光明 氏
(麻布大学獣医学部獣医学科 教授)

人も動物も健康を維持するためには、専門的な知識と技術のサポートが不可欠であり、例えば人の場合、いわゆる「医療従事者」(医師や看護師など)がその任を負っている。この「医療従事者」の持つ知識と技術は国家によって保証されており、国民は安心して自らの健康管理を委ねることができる。一方、「動物医療」はそのようにはなっていない。動物医療に携わる人々のうち、国が保証しているのは獣医師のみである。この状況が何を意味するのか、本ワークショップで徹底的に明らかにされなければならない。
 一般社団法人日本動物看護職協会(森裕司会長)は、動物医療に必須の存在である動物看護職に携わる人々の協会であり、この4月に設立された。本協会が発展し、真にわが国の動物医療に不可欠な存在として豊かな人と動物の共生社会の構築に貢献するには、正しい現状認識が求められる。本ワークショップでは、3つの観点から現状を明らかにし、今後の展望を探る。
 1)動物病院の責任者の立場から、3名の獣医師に「動物病院における動物看護職の重要性について」、2)同じく3名の学校関係者に「動物看護職の養成」の現状とあるべき体制について講演して頂く。これらを踏まえて、3)「動物看護職の現状と将来」に関して、3名の演者にそれぞれの立場から解決すべき課題と展望を述べて頂く。そして、本ワークショップに参加されている方々を含めて、わが国の動物医療における動物看護職の役割を徹底的に議論するとともに、動物医療を実践する場である「動物病院」について再評価したい。

第1部「動物病院における動物看護職の重要性」

原 大二郎氏
 (獣徳会 動物医療センター 院長)

 ここ30年間に大きく変貌を遂げた社会現象の一つに、HAB思想=人と動物の絆(より良い関係)=動物と暮らす新しいライフスタイルが定着し、動物病院はこの国民的生活変化により高度な獣医学の習得、動物看護職の採用、清潔な動物専用施設を持って対応してきました。
 この30年を振り返ってみると、1980年以前の動物病院では、獣医師と飼い主様が、オールインワンの待合室兼診療室で、互いに協力し合って獣医療が成されていました。1980年以降に入って動物病院を始めとした、動物に係るあらゆる分野に近代化が求められるようになってきました。動物看護の分野では動物看護職養成専門学校が全国に次々と開設され、その卒業生達がそれぞれの資格認定団体によって呼称こそ違え、動物看護士、AHT、VTと呼ばれ全国の動物病院で活躍することとなり、急速に普及し始めました。ただ今となって残念なことは、1980年代から2006年まで、動物看護職の求められる職能・職域やその資格制度について、国や業界によって十分な討議がされないまま、長い時間が経過してしまったことでした。当時は、動物病院に高度な医療が求められた時代背景もなく、動物看護職には従来の助手的役割のほか、基礎的な獣医療知識で十分な職業でした。やがて年月とともに近代化要求はいっそう強くなり、2000年代には入ってからは、この分野にも職業意識の高い人や、有能な人達が出現し、動物病院から、動物看護職者による動物病院の人事管理成功例や動物看護技術が有用であったエビデンス(症例報告)などが数多く報告されています。今や社会常識として、動物病院には、動物看護の職域があり、動物看護職者が在席している事は周知の事実となっています。そして動物行動学や獣医臨床学の研究成果が、動物看護学が学問として確立される礎となり、動物看護職のいっそうの普及発展に寄与しています。以上を踏まえ、永年多くの動物看護職と共に動物病院を運営された獣医師からみた、動物病院における動物看護職の重要性を討議します。

「動物病院における動物看護職の存在」
小嶋 佳彦氏
 (小島動物病院アニマルウエルネスセンター 院長)

 新潟という中型都市で動物病院を開業して30年を迎えました。開業当初は妻を動物看護補助として診療を行っておりました。今から思えばあれが動物看護職の始まりだったと思います。
 院内の動物看護職が明日からいなくなったことを想像しました。獣医師や飼い主さんが戸惑うことになることは間違いありません。院内での業務は何一つ立ち行かなくなります。受付部門一つをとってもいえます。電話の受け答えでは、専門的知識がないとコミュニケーションが図れません。
 動物の命が途絶えたときには、飼い主さんの心は悲しみに暮れ、心身ともに元気を失っていきます。どんな場面においても動物看護職がいないと動物病院は成り立っていきません。
 私の娘は、人も動物も元気にできるいい仕事だということでこの道に進みました。これは先輩動物看護職の働く姿をみて選んだ道だと本人が語っております。
 今後は動物看護職として、誇りと自信をもって日夜活躍しておられる皆さまが、肌で味わった貴重な経験をもとに、さらにご活躍をされることを望んでおります。また動物看護職に携わる者は、動物はもちろん、人に対しても優しい気持ちと実行力を持って接していくことが、さらに動物看護職の職域の拡大につながるはずだと考えます。
 動物病院における動物看護職は大切な存在です。

 

杉本 恵子氏
 (みなみこいわペットクリニック医療サポートセンター 院長)

私たち動物医療従事者は、出会うすべての動物とその家族である飼い主様が健康で元気に、そして幸せな生活をおくれるようにサポートすることが望みです。そしてその実現のためには、一つの方法だけではなく、動物の体にも心にもできるだけ負担をかけないさまざまな治療方法から方針を模索する必要があります。動物病院で、西洋医学と代替医学の組み合わせを実施することや動物福祉の観点からのサポート、そして医療だけでなくグルーミングやしつけ教室、カウンセリングなどトータルケアの実施がニーズとして求められてきています。そうしたさまざまなサポートを実施するために、チーム医療の一員として動物看護職は欠かせない存在であり、当院でも動物と飼い主様と心の絆を深めながら獣医師と力を合わせて活躍してくれています。専門職としての彼女たちの重要性を社会に広めていければと考えています。


第2部「わが国の動物看護職の養成」

「動物看護職法制度の早期確立を」
池本 卯典氏
 (日本獣医生命科学大学 学長)

 看護基礎教育は『大学化すべき』厚生労働省懇談会。『看護職における高度専門職教育』(学術の動向:日本学術会議編集)等々。医療人としての看護職の社会的必要性と将来展望、同時にジェンダーステイタスの向上、専門職・教育職・研究職における男女共同参画を唱える時代の鐘は連打され続けている。明治32年に産婆(助産師)規則、大正14年に看護婦規則、昭和16年に保健婦規則、昭和22年に保健婦・助産婦・看護婦令、昭和23年に現行の保健婦・助産婦・看護婦法は医療法・医師法・歯科医師法等と同時に制定された。平成13年性別により別称していた職名を、保健師・助産師・看護師・准看護師に統一した。この改正は、社会的地位を大きく飛躍させた。現在(2008年)、看護師の養成機関は1,034施設、そのうち看護系大学158校、総定員177,185名と報告されている。また、准看護師10年以上経験者には2年制の通信制教育を用意し、資格の取得を容易にしている。なお、看護師不足は声高に叫ばれ、中東途上国からの移民で賄おうとしているが、政策の貧困ではあるまいか。

 翻って、獣医療領域における看護職の現実を俯瞰したとき、慄然と立ち竦む。時代の針は明治の昔に逆回転する思いだ。さて、明治以前の状況に置かれている獣医看護職(師)制度の近代化を如何に展開するか、独善的と謗られることを承知で、私見を述べさせて頂きたい。この問題は未だそったくとはいえ、手を拱いていたわけではない。日本獣医師会では昭和40年頃から検討を始め、平成18年には本格的な構想を提示し、日本獣医師会主導のもとに、一般社団法人動物看護職協会が今春誕生した。

 教育施設は、昭和28年東京大学医学部に誕生した衛生看護学科に遅れること53年。平成17年本学獣医学部に日本最初の獣医保健看護学科は呱々の声を上げた。また、学科名は異なるが、志を共にする大学も後続し、さらに新設も予定され喜ばしい限りである。以前から専門学校・各種学校・短期大学等で動物看護教育は続けられてきたが、栄枯盛衰の感は免れない。その理由は、動物看護職法制度の未達による不安定な身分、低給与、社会的認知度の低さ等が挙げられよう。これを解決し、陽の当たる職種として格上げするには、動物看護職(師)の法制度を構築する以外に戦略はない。究極の目的は動物看護師法の制定であるが、先ずは看護師制度、獣医師制度等の経験した、規則・省令からの出発もあろう。方法論としては、獣医療法に《獣医療の円滑の推進を図るため動物看護師を置くことができる。動物看護師制度は規則に定める》と法定し、その委任を受け動物看護師規則を定め、動物看護師の目的・定義・免許・試験・業務・罰則等で構成する。これが最速の方略ではなかろうか。ここでは、その戦略概要を提案したい。

下薗 惠子氏
 (学校法人シモゾノ学園 理事長)

 我が国では犬・猫を中心とするペットの飼育数が急増しており、昨年度の飼育頭数が2,684万頭と報告されている。飼育環境も屋外から家屋内に移り、ペットの存在が飼育者にとって、愛玩動物から家族の一員へと変化したことにより、動物医療が人の医療と同様にきめ細かな対応と、質の高い医療を求められるようになってきた。動物医療は人の医療と異なり、医師をサポートするパラメディカル専門職(レントゲン技師、理学療法士等)が存在せず、獣医師が病気を診る補助をする力を持つと共に、動物を看る力を養い、飼い主と獣医師、動物と獣医師のかけ橋となれる心ある動物看護職の養成を目指している。

「動物看護職養成教育の現状と将来」
福所 秋雄氏
 (日本獣医生命科学大学 獣医学部獣医保健看護学科長 教授)

 現在、日本では小動物(家庭動物)医療分野における動物看護職の存在はなくてはならないものとなっている。しかしながら、人の医療における看護師とは異なり、法律に基づく業務を行う技術者として認められておらず、たとえ獣医師の指示があっても獣医師法第17条で規定する診療業務に携わることができない。一般社団法人動物看護職協会や社団法人日本獣医師会等が動物看護職の国家資格化に向けた運動を推進している所以である。

 日本における現在の動物看護職養成教育の現状をみると、動物専門学校・動物看護専門学校(50校以上)、動物看護短期大学(1短期大学)、動物保健看護系大学(3大学)等があり、その教育レベルもさまざまであり、動物看護教育の平準化は行われていないのが現状である。現在、これらの教育機関で養成されたものは、大方、民間団体の行う動物看護師(士)認定試験を受験し、動物看護師(士)の民間資格を得ているが、当該資格は動物診療において法的には全く意味をなさない。

 このような状況から、国家資格認定制度の導入に向け、動物看護職の業務領域を考慮した上、動物看護教育の平準化(動物看護専門学校・大学が共有するコアカリキュラムの確立等)を推進し、獣医療の高度化に対応した動物看護専門職を養成する必要がある。


第3部「あるべき動物看護職を模索する ~動物看護職の現状と将来~」

坂田 光子氏
 (坂田動物病院 動物看護職・マネージャー)

 今春、日本動物看護職協会が設立いたしました。私は相談役に就任し、今までの経験のなかで尽力できることがないかと思っております。現在、現役の動物看護職を退き、動物看護職を育成する学校教育と動物病院のマネージャーをしております。私自身、20年前、日本小動物獣医師会の第一期の動物看護士試験を受験し、認定していただいています。全国組織の職能団体の誕生にやっとここまで来たのかという感慨深い思いがあります。

 若い皆様には、生まれた頃から動物病院があり、家族の一員であるペットが病気になれば、動物病院に連れていくのが当然のことでしょう。しかしながら、獣医療の歴史をみると、畜産動物の医療として存在が主である時代から家庭動物の診療へと発展してきました。そのころの動物病院では、獣医師一人で家庭動物医療を提供していく上では、十分な時代でありました。そのなかで少しずつ診療において受付をしたり掃除をしたり動物を持つ(保定といいますが)、助手の存在が出てきました。「獣医師のお手伝いさん」とか「お姉ちゃん」とか「受付の人」などと呼ばれる時代がやってきました。しかし、社会の変化としては、動物の存在が人との共生という時代になり、愛玩動物から家族の一員として、動物愛護法においても家庭動物は、命あるものとして存在が認められるものになりました。家庭動物医療においても高度化・専門化され、発展し、飼い主のニーズも病気になって診療を受けるということより病気にしたくない、ならないために動物病院を利用したいという思いに変化してきました。そのなかで動物看護職は、単に獣医師の手伝いから専門的知識を持った動物看護のエキスパートとし、動物を直接ケアしながら家族である飼い主さんも支えるという、高度な内容の技術職に変化していると感じています。その証明をするために動物医療にかかわる皆様に動物看護職を社会的に認められる職業として存在するように応援していただきたいと考えています。そして、動物看護職には自信と誇りを持って、自分自身のワーク・ライフ・バランスを考え、一生の職業にしてほしいと感じています。

横田 淳子氏
 (横田動物病院 動物看護職・マネージャー)

私は、動物看護職であると同時に、青森県で夫とともに動物病院を開業する経営者としてマネージャーも務めています。地方に暮らしていても、動物看護職という職業の発展のためにできることを共に考えて行動しようと、当協会の立ち上げに関わりました。長年、動物看護職は「獣医師の助手」というイメージから脱することができず、指示通りに動き、病院全体の雑務をこなす仕事という認識が特に地方は強かったように思います。しかし、現在、動物医療が高度化・専門化しており、動物と飼い主さんの関係は家族もしくはそれ以上の結び付きをみせ、飼い主さんが求める動物医療の質も大きく変化していきました。動物医療も獣医師と共にチーム医療の一員となる動物看護職の必要性が高まりつつあります。これからの動物看護職は獣医師の助手ではなく、自主性を持った動物看護の専門職となっていくべきと考えます。今後は、動物看護職が専門職として自立できるように自ら学び自らの力で社会に存在をアピールしていかなければいけません。これからも動物と飼い主さんの幸せのために私たちは努力し続けていきます。

森 裕司氏
 (東京大学大学院農学生命科学研究科 教授)

この1年間、2万人ともいわれる動物看護職の現状をさまざまな筋から聞いてきた。合わせて諸外国の情報も少なからず得て、日本動物看護職協会の会長としての責任の重さを痛感している。動物看護職がわが国の動物医療の質の確保に不可欠な存在にも関わらず、専門職としての十分な評価が得られていない現状の問題点は以下のようなものであろうか。
・ 動物看護職に必要な知識と技術に統一した基準がない。(例えば、獣医師は大学教育と国家試験によって、ある程度の基準がある。) 
・ 動物医療における獣医師との分担が明確でない。
・  専門職としての動物看護職の社会的認知度が低い。
上記のいずれも欧米諸国とは明らかに異なる。その結果、
・ 動物病院長の個人的な裁量によって、動物看護職の仕事の内容及び労働条件が決定されている。
・ 動物看護職の離職率が高く、若い優秀な人材が育ちにくい。 
かかる現状において、日本動物看護職協会が設立されたことは大きな一歩であり、
確かな支柱が出来たことは間違いない。改善策は以下に尽きるような気がする。
・ 動物看護職に必要な知識と技術に統一した基準をつくる(統一試験の実施)。 
・ 動物看護職を養成する機関の教育カリキュラムの検討と合わせ、卒後教育を実施する(質の高い動物看護職の確保)。 
・ 動物医療における獣医師との分担に関する協議機関を設置する(日本獣医師会ならびに日本獣医学会の責務)。 
あれもこれも考えなくてはいけないし、しなくてはいけない。このとき、敢えて順番をつけるとすれば、まず「統一試験の実施」であろう。