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「エゾシカの保護管理と有効利用」
近藤 誠司氏 (北海道大学 大学院農学研究科教授/エゾシカ協会会長)
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ここ数年「爆発的増加」レベルにあるエゾシカ個体数推測値はさらに増加傾向にあり、昨年度の捕獲数7万8千頭に加え、更に雌個体だけでも4万頭の調整が必要であるといわれております(北海道エゾシカ保護管理検討会)。推測されるエゾシカ個体数は恐らく全道で40万頭を超えると見積もられています。北海道で飼われている肉用牛は30万頭程度ですから、エゾシカは肉用牛より多い数がいます。もっといえば肉牛の飼料の大半は輸入穀類であるのに対してエゾシカの飼料は本道産の草類です。こうした爆発的増加の背景には全道的な草地の開発(栄養源)と針葉樹林の増加(越冬場所)があるのでしょう。動物栄養学的な研究結果は、本道の森林内の草資源だけではこれだけのエゾシカ個体数を養いきれないことを示唆しています。
モンゴル草原のオオカミと人と草食動物について記した「神なるオオカミ」という興味深い本に、モンゴルの古老の言葉が載っています。「草原は大きな命だが、薄い命だ」。どれかが増えすぎても草原(環境)は滅びるのです。私どもは増えすぎたシカについて真剣に考えなければなりません。
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「野生動物の消費的活用と非消費的活用
~エゾシカでの事例を踏まえて~」
鈴木 正嗣氏
(岐阜大学応用生物科学部 獣医学講座 野生動物医学研究室 教授)
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元来、野生動物の多くは資源性が高く,狩猟の対象や食料、工芸品等の材料として消費的に活用されてきた.そのため、少なからぬ種が絶滅に追いやられたことは事実である。しかし現在では、国際自然保護連合(IUCN)も野生動物の消費的活用を否定しておらず,むしろ保全生物学上の意義に言及している.したがって、シカの消費的活用も「個体群や生息環境の適正な管理」を目的とする手段の一つとして位置づけ,単なる利益追求の事業として行うべきではない.北海道による「エゾシカ保護管理計画」も,当初からエゾシカを道民共有の自然資源としてきた。最近は、「個体数調整の担い手育成」を目的とするエゾシカの利用も進み注目を集めている。
一方、リクリエーションを含む野生動物の観察を通じ、「精神的な安らぎの獲得」や「自然に対する興味や理解の増強」などを目指す利用は非消費的活用と呼ばれる。シカではこの方式による活用も展開されており、とくに今後は教育資源としての位置づけが注目される。各地で自然植生への悪影響が報告されているにも関わらず、捕殺をともなう野生動物の個体数調整に感覚的な嫌悪感を抱く市民は少なくはない。しかし、普及啓発等の場で「シカによる深刻な植生破壊の現状」についての言及があれば、受講者も「捕殺も環境保全の一環」であることを理解しやすく、前述の嫌悪感の払拭させる上でも極めて効果的と考えられる。
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「猛禽類の生息地保全の試みと今後」
井上剛彦氏
(極東イヌワシ・クマタカ研究グループ代表 /クマタカ生態研究グループ副代表)
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猛禽類を保護するためには1.生息場所の確保 2.安全な営巣場所の確保 3.十分な餌の確保 および4.啓発教育の実施 が不可欠であるとされています。世界的には伐採や農耕・放牧による生息地の消失、家畜を襲う害鳥や狩猟の対象としての迫害、あるいは餌を通して農薬を摂取した結果、卵殻が薄くなり、ふ化できなくなるなど猛禽類がダメージを受けてきた多くの事例が見受けられます。また国内では近年、大型のダムや林道、リゾート開発などの工事による環境改変の悪影響が取沙汰され、猛禽類の保護か開発かを巡り大きな論争となりました。その結果、報道等により多くの国民が猛禽類を知ることとなり、「啓発教育」の面で一定の成果が見られ、また関係者間では、開発と保全の両立を目指して生息地保全の様々な取組みが試みられて来ました。
今回のワークショップでは猛禽類にかかるいくつかの事例を通して生息地保全の重要性とその実施の困難性を理解するとともに、より適正な影響評価を行う為には何が必要かについて討議します。 |
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「傷病野生動物鳥獣救護カルテや
ミネラル分析からみた野生動物保護管理に」
須田 沖夫氏 (特定非営利活動法人 野生動物救護獣医師協会 理事)
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傷病野生鳥獣救護は、市民の「かわいそう」「苦しそう」「痛そう」など、やさしい気持ちからの動物愛護精神が出発点になっております。それに応えるべき臨床獣医師は、飼育動物診療の合間に傷病野生鳥獣診療をボランティア的に行っております。
近年、多くの都道府県は市民の期待に対応すべく、鳥獣保護センターの運営や指定動物病院制度、里親制度、更にはリハビリテーターの養成等を実施しております。
しかし、行政の財政難の理由から狩猟鳥獣や有害駆除動物等を診療動物から除外しはじめました。そのため、動物病院(獣医師)は市民の気持ちと行政の立場の間に立ち、苦慮する場合もあります。それは、人と動物との共通感染症(SARSや鳥インフルエンザ、西ナイル熱ウイルスなど)の日本侵入の可能性が高まったことも影響していると思います。
動物病院で診療する野生動物の90%以上は鳥類で年度により種の変動がみられます。保護鳥の45%は有害駆除対象鳥です。猛禽類は全体の約10%で、多くは外科疾患で保護されます。野鳥の羽毛より有害ミネラル分析から、種や地域差による違いも解ってきました。これらの資料が、今後の野生動物保護・管理に少しでも役立てれば幸いです。 |
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「兵庫県におけるニホンジカの保護管理の現状と未来」
横山 真弓 氏(兵庫県立大学 准教授 / 兵庫県森林動物研究センター・主任研究員)
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兵庫県には、30種を超える哺乳類が生息していますが、古くから人との関わりが深く、その分布や個体数の変動は時代とともに人間活動の影響を大きく受けてきました。なかでもニホンジカは、昭和初期までに絶滅寸前に陥るほど、人に利用されてきた野生動物であると考えられています。
第二次世界大戦後の日本では、狩猟制限による保護政策によって、ニホンジカは徐々に個体数を回復しました。1980年代以降、南但馬地域を中心に個体数が急増し、現在では、農林業被害額は5億円に達するほど分布域や個体数が拡大しました。そして分布の中心地である南但馬地域では、極端に高密度化し、シカによる採食圧が森林内下層植生の衰退をまねいています。さらに深刻な問題は植物相だけでなく、他の生物相へ与える影響が懸念されていることです。また、兵庫県でわずかに残るブナ帯にまでシカの分布域が拡大しており、高山帯の植物相への影響が心配されています。ここは、絶滅危惧種であるツキノワグマも生息していますが、クマの好むチシマザサも矮小化する傾向にあります。
このような状況の中、兵庫県では、ニホンジカの狩猟規制の緩和と個体数調整事業を強化し、年間2万頭を捕獲しています。2万頭捕獲を行うにあたっては、捕獲数や密度、妊娠率や年齢構成、下層植性の衰退状況などを監視し、捕獲数が過度になっていないかモニタリングとその検証を毎年行っています。現状ではニホンジカの密度は減少する気配がありません。また捕獲の現場では、捕獲後のシカの処分が大きな問題となっています。シカを有効に利用する文化が途絶えた現代では、肉や毛皮を利用することなく埋設や焼却などが行われ、処分費に税金を投入せざるをえない状況となっています。そこで、天然資源としてのシカの価値を新たに見直す取り組みも始まっています。シンポジウムでは、兵庫県のこれまでの対策を紹介し、生物多様性の保全を視野に入れたこれからの目指すべきニホンジカの保護管理について議論していきます。 |
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