上野動物園では、1999年から環境エンリッチメントに取組み、日本の動物園における普及に一役買うこととなった。その先駆的事例のひとつとして、ジャイアントパンダの環境エンリッチメントを紹介する。
「野生のパンダ」(G・シャラー、胡錦矗、潘文石、朱靖著、熊田洋子訳、どうぶつ社、1989)によれば、野生のジャイアントパンダは1日のうちの50%以上を採食に費やすという。粥などの人工的な餌を与えられる動物園のパンダは、主にタケを採食する野生のパンダに比して、1日のうちで採食に費やす時間は著しく短い。そこで動物園での行動の時間配分を、わずかでも野生に近づけることを目的に、給餌方法を一部変更して、採食時間の延長を図る環境エンリッチメントを実施した。
対象個体は当時14歳のオス(愛称「リンリン」2008年4月29日死亡)で、1日に2回、午前と午後に500gずつ与えていたサトウキビの給餌方法を次のように工夫した。
- 直径8~10cm、長さ30cmほどの両端が節で塞がった竹筒を用意し、その一方の端に鋸で三角形の穴を開け、この中にサトウキビを入れて与える。
- 直径3~5cmのタケの枝を払い、一方だけ節を残し、他方は開放になるように切断し、この中にサトウキビの小片を堅く詰めるから与える。
- 餌として与えるタケを室内に寝かせて置くのではなく、各所に立てて置き、枝の先端を剪定鋏で斜めに切って鋭利な断面を作り、これにサトウキビの小片を突き刺して与える。
- サトウキビの小片や2)で示したサトウキビを詰めたタケを室内各所に隠す。
以上のような工夫を行ったところ、実施前は1回の給餌でサトウキビを食べ尽くすまでの時間が平均9分間だったのに対し、実施後は約20分に延長された。また、室内で何もせずに休息する時間や、同じところをウロウロと往復する行動が少なくなり、室内各所を嗅ぎ回るなどの行動の変化が見られた。 |