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ワークショップ III 「産業動物の福祉と経営」
 

座長メッセージ

−今日1日、家畜に思いをはせる−

佐藤衆介氏
(東北大学大学院 農学研究科 教授)

 私たちは毎日、牛肉を15.6g、豚肉を31.6g、鶏肉を29.4g、鶏卵を47.0g、牛乳を95.5g、乳製品を158.7gも食べています。しかし、食卓に上ったそれらの畜産物を食べるとき、おいしいとかまずいとかの情動は刺激されるものの、それらを生産している家畜の姿に思いをはせることはありません。今日は、普段思い浮かべることの無い家畜の情動や生活を垣間見て、家畜に思いをはせ、私たちは家畜とどう付き合うべきかを考えていただきたいと思います。

 家畜は、私たちの食料を生産するために飼われています。従って、家畜との付き合い方は、当然、畜産業の中で決まります。家畜との付き合い方を換えるには、動物愛護管理法へのコンプライアンスという手もありますが、経済を抑制する方向であっては社会の発展性はありません。私たちの倫理感が高まる中では、法令順守(コンプライアンス)や社会的責任(CSR)を超えて、産業としての家畜福祉畜産を成立させる必要があります。

 最初のスピーカーである私は、家畜の情動や社会生活を紹介し、私たちは家畜とどう付き合うべきかを考える上での基礎情報を提供します。次いで、養鶏、養豚、養牛において、産業としての家畜福祉畜産を実践している生産者、並びにその畜産の家畜福祉性を評価できる研究者に、家畜福祉畜産を紹介してもらいます。さらに、流通業者により、家畜福祉畜産物流通の現状と可能性について語ってもらいます。最後に、皆様とともに、家畜福祉倫理と畜産との共生産業の将来性について討議したいと思います。
 

「産業動物の飼育への配慮の必要性」
 佐藤 衆介氏(東北大学大学院 農学研究科 教授)

1.産業動物の情動
動物の情動である、痛み、苦しみ、悲しみ、そして喜びを科学者は、どう捕らえようとしているのでしょうか。私たちが情動を感じるときの行動的変化や生理的変化を、動物の情動指標にしています。行動指標とは、回避行動、逃避行動、そして葛藤・欲求不満時に出現する失宜行動で、負の情動を類推させます。また、接近行動の速さや睡眠の誘発は、正の情動を類推させます。生理指標とは、交感神経系の活性化(心拍数増加、ノルアドレナリン上昇など)や下垂体−副腎皮質系の活性化(コルチコステロイドホルモン上昇)で、負の情動を類推させます。近年、快適ホルモンといわれるオキシトシンは、正の情動を類推させます。除角、去勢、断尾などの外科的処置や隔離、群構成員の変更、輸送などの日常管理など、負の情動をもたらす様々な管理が畜産には存在するようです。一方、生えている草の摂食と飼槽からの切り草の摂食を比較すると、前者で正の情動が類推されました。正常行動発現の情動性が示唆されます。

2.産業動物の複雑な社会
ウシはヒトや仲間の顔を簡単に覚えます。しかも1年以上も忘れないようです。仲間とは、放牧地では近接して生活し、互いに身繕い行動をし合います。この関係には、3-4ヵ月以上の同居と近縁性が必要です。トカラ列島に住む野生化牛の調査からは、成雌牛4頭、その子牛並びに成雄牛0〜4頭が地縁的集団を作ることが知られています。単独行動が大半ですが、出会えば、闘争行動も無しに一時的に行動をともにし、ルースな社会的順位の必要のない社会を作ります。ブタはペットになるほど賢い動物です。基本的には4〜6頭の雌豚とその子豚が集団を作り、繁殖期になると雄豚が加わり、交尾が終わると、雄豚は群から再び離れます。行動圏は20〜30haで、寝室用の巣場所、泥浴び場、摂食場所、擦りつけの場所などがあり、それらは獣道で連結されます。ウシと異なり、ブタは強い絆の血縁集団を作ります。ニワトリはハーレム群を作り、0.24〜2ha程度の行動圏内で生活します。ハーレム群は、優位な1羽の雄により、数羽の劣位な雄、4〜6羽の雌、そしてその雛という集団として維持され、毎日同じ共同の巣を利用します。ウシと異なりニワトリは密な群を作ることから、社会的順位が生活の秩序となっている動物といえます。

3.配慮は人類共通の倫理
以上のように家畜は、私たちと同様な情動性と複雑な社会生活を送る能力があります。それぞれの文化の呪縛から精神を解き放った上で、このような事実を知ったとき、私たちは、その存在へ配慮すべきとの観念にたどり着きます。私たちの動物への配慮倫理は、使役動物との1対1の関係から生まれた愛護文化に根ざしています。それを家畜へも敷衍すると同時に、愛する情動を超え、家畜の福祉を高める行為に展開する家畜福祉文化の創造が今求められています。

 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
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