ワークショップⅠ「日常生活でペットからうつる人と動物の共通感染症」

主催者メッセージ/座長メッセージ

岡部信彦
国立感染症研究所感染症情報センター センター長

日常生活でペットからうつる人と動物の共通感染症

人にとって動物は、畜産動物として、ペットとして、それぞれ必要な、大切なものです。また野生動物は我々と住みわけが必要ですが、自然の中で「生」を感じさせてくれるものであり、地球は人だけのものではないことを思い知らされてくれます。動物園などで、子どもたちをわくわくさせてくれるものもあり、科学研究上重要な役割を果たしてくれるものもあります。

ことにペットは、日常生活の中でことに子どもたちに「生命」を教えてくれるものであり、人々の気持ちを和ませてくれるものでもあります。しかし動物は生き物である以上、感染症の原因となる微生物(細菌・ウイルス・寄生虫など)を持っており、無菌動物は特殊な状況でしかあり得ません。その微生物は、人にとって健康上の影響のあるものが少なからずあります。またペットブームといわれるものは、従来から良く知られているペットのみならず、一般の人々でも野生動物や珍獣との接触を容易にし、思いがけない感染症との遭遇の可能性を増加させています。動物を飼うときには、動物を正しく知る必要があり、また両者の間にはある程度のバリアも必要です。人の健康も守り、動物の健康も守らなくてはいけないからです。

日本は諸外国に比べて動物からうつる感染症の少ない国ですが、このワークショップでは、全体の日本の状況、ネコ、鳥、ヤギやヒツジなどからの感染症についてそれぞれの専門家から話を伺うことにしました。ペットや動物が人々にとって危険なもの、ということではなく、「正しい動物とのつき合いと人の健康」を理解することがこのワークショップの目的です。

動物は人のことを考えることは出来ませんが、人は動物のことを考えることが出来ます。

からうつる病気:猫ひっかき病
丸山 総一 /日本大学生物資源科学部 教授 

現在,わが国では,約1,000万頭(2010年現在)もの猫が一般の家庭で飼育されています。多くの猫は室内で飼育されており,人と身近に接触する機会も多いことから,猫と楽しく,また,快適な生活を過ごすためには,その生態や習性はもちろんのこと,病気,特に人と動物に共通の感染症に対する正しい認識を持つことが重要です。
猫ひっかき病は,その英名(Cat−scratch disease;CSD)が示すように,主に猫の掻傷や咬傷により感染します。その病原体は,猫の赤血球内に寄生しているBartonella henselaeという細菌ですが,猫には何の症状も現しません。CSDは,子供やネコノミが多数寄生した子猫を飼育している人に多発します。猫に引っかかれて3~10日目に,傷口に虫さされに似た病変が形成され,丘疹から化膿や潰瘍にまで発展する場合もあります。さらに,1,2週間後にリンパ節が腫脹し,数週間から数ヶ月続くこともあります。発熱,倦怠,食欲不振などもみられます。猫ノミは,猫と猫の間で本菌を伝播させたり,猫から人にCSDを感染させる上で,重要な役割を果たしています。猫はノミの糞便中に排泄された菌を,グルーミングの際に歯牙や爪に付着・汚染させます。これらの猫が,人を引っかくと傷口から菌が侵入して感染します。
私たちが全国の動物病院に来院した猫690頭について調査したところ,その7.2%がBartonella属菌を保菌していることが明らかになりました。地域別の猫の感染率は,寒冷な地域より温暖な地域の猫,また,飼育(生息)密度が高い都市部の猫で高い傾向がみられました。猫ノミは温暖・湿潤な所で繁殖することから,猫の感染状況は,猫ノミ等の分布や感染猫と接触する機会の多寡と関係しているといえます。
CSDの予防には,性格のおとなしい猫を飼うこと,定期的な爪切り,猫(特に子猫)との接触後の手指の洗浄,猫による外傷の消毒,ネコノミの駆除等の一般的な衛生対策で対応します。

犬由来細菌感染症(ブルセラ症とカプノサイトファーガ症)
今岡 浩一 /国立感染症研究所 獣医科学部 第一室長

イヌブルセラ症はBrucella canisによるイヌとヒトとの人獣共通感染症です。B. canisはアメリカでイヌ流産の原因菌として、1966年にLE Charmichaelにより発見されました。日本では、1971年の輸入ビーグル犬によると思われる繁殖施設内集団発生が最初の報告です。血清学的調査では、現在でも国内の3-5%ほどのイヌが感染歴を持ち、時折、繁殖施設で集団発生が認められます。イヌは流産時の汚物や、尿、乳汁などを介して感染します。オスは精巣上体炎、メスは死・流産を起こすことがあります。イヌブルセラ症は家畜伝染病予防法の対象外なので、治療を行うことも可能ですが、細胞内寄生菌のため、長期間にわたる抗生物質の投与が必要で、治療は困難です。日本では1999年以降10例と、ヒトの感染患者もまれに報告されています。ただ、B. canisのヒトでの病原性は、他の家畜ブルセラ菌よりも弱く、感染しても発症しない、または気づかない事も多いと考えられています。
カプノサイトファーガ・カニモルサス感染症はイヌ・ネコの口腔内常在菌であるCapnocytophaga canimorsusによる感染症で、イヌ・ネコ咬・掻傷により感染します。我々の調査ではイヌの74%、ネコの57%が口腔内に保菌していました。世界でも250例ほどと、まれですが、死亡率は約30%におよびます。国内でも2002年以降、29例の報告があり、そのうち8名が死亡しています。ただし、これら報告は敗血症や髄膜炎といった重症例です。そのため軽症者を含めた実感染者数は、もっと多いと思われます。いわゆる免疫学的弱者は易感染者ですが、健常者でも感染・発症します。ただ、患者の年齢は40才代以上に多く、男女比は3:1と男性が多くなっています。病気のことを理解し、イヌ・ネコとのつきあい方に気をつけていれば、必ずしも恐れるものではありませんが、認知度はまだまだ低く、今後の高齢化社会では気をつけなければならない感染症の一つです。

オウム病を知る ー鳥と安心して暮らすためにー
福士秀人/ 岐阜大学教養教育推進センター センター長

オウム病はオウム・インコ類やハトなどの鳥類が持っているクラミジアと呼ばれる微生物がヒトに感染することによって起きる病気です.オウム病と診断した医師はただちに届け出ることが義務となっています.日本では1999年以降,年間20例くらいが届け出られていますが,近年は減少傾向にあります.オウム病を防ぐには感染源となる鳥を発見し,治療することが必要です.クラミジアを持っている鳥は一見健康のまま病原体であるクラミジアを糞便中に排出します.これが感染源となります.沈鬱や緑色便をだすなど症状を示す鳥の場合には大量の病原体が糞便中に含まれるようになるので,飼い主が感染するリスクはかなり高くなります.しかしながら,クラミジアは細菌の一種です.適切な抗生物質により治療することができます.
私たちのこれまでの調査では,健康診断として調べられた鳥の数パーセントからクラミジアが検出されました.以前は5%くらいでしたが,近年は減少しています.クラミジアが検出された鳥種をみると,オカメインコやセキセイインコなど家庭でよく飼われている鳥でした.検出率という観点では,検体数が少ないのですが,ヨウムなどの大型鳥種で高い検出率でした.
クラミジアの検出は遺伝子検査により行われます.材料は新鮮な糞便です.クラミジアが検出された場合は獣医師の指導により治療を行います.鳥種により抗生物質の投与方法が異なることはいうまでもありません.ヒトでも同様に抗生物質により治療されます.適切な対応がなされれば,治癒します.
オウム病を防ぐには鳥の健康管理を適切に行なうことが大切です.

我が国における動物由来感染症対策
森田 剛史/厚生労働省健康局結核感染症課 課長補佐

「動物由来感染症」という語は、動物から人に感染する病気の総称として用いている。
近年、世界では、従来知られていなかった新しい感染症が見つかっているが、それらの多くは動物由来感染症であると言われている。
こうした動物由来感染症に対応するため、厚生労働省では、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)や「狂犬病予防法」などに基づいた施策を講じている。
具体的には、狂犬病予防法に関しては、主要な感染源となる犬について、登録とワクチン接種を義務づけ、万一の国内侵入時のまん延防止を図るとともに、有事における円滑な対応に資するよう、対応ガイドラインの作成などを行っている。
また、感染症法に関しては、病原体の感染力や病気の重症度などを踏まえて類型化し、その類型に応じて、患者を診断した場合の届出や汚染物品の消毒、感染源となる動物等への対応等の必要な措置が講じられるとともに、必要に応じて、ガイドラインやQ&Aを作成し、動物由来感染症の対応に役立てている。
さらに、調査研究等により、最新の知見の収集等を行い、必要な対策が講じられるようにしている。
一方、動物由来感染症の予防のためには、個人の対応も重要である。各個人が感染症についての正しい知識を得て、日頃から動物との接し方に注意していただきたい。
厚生労働省では、ホームページやポスター、ハンドブックなどを通じて動物由来感染症に関する情報発信をしているので、参考にしていただきたい。